my summer #018 てちりさ
魚釣りを終えて戻ると、友梨奈はおばあちゃんと叔母さんと庭の草刈りをしていた。彼女は私が乗るトラックを見つけると、軍手をつけた手を大きく振った。私は窓を開けて彼女に向かって叫んだ。
「友梨奈、帽子かぶってないじゃん!日焼け止め塗ったの?」
「まだ塗ってない!」
トラックを降りるとすぐに彼女に駆け寄り、自分のかぶっている帽子をかぶせた。
「呆れた。どうせ、塗るつもりなかったんでしょ。顔赤いから、けっこう焼けたかも。顔、水で冷やすよ。それから・・・」
「そんなことより、理佐おかえり!」
たったの数時間離れただけなのに、おじさんの話を聞いたせいか、友梨奈のおかえりが胸に染みる。
そんな、本当に幸せそうな顔で言わないでよ。
「た、ただいま。友梨奈、おじさんには?」
「おじさんも、おかえり。」
「ほら、もう僕なんか友梨奈の目に映ってもないじゃないか。」と叔父さんは苦笑いした。
鮎が2匹とイワナが4匹釣れて、おじさんは計7匹を七輪で塩焼きにしてくれた。パチパチっと炭が火でハゼて、魚をいい焼き色に仕上げてくれる。
「ねぇ、おじさん。理佐には鮎ね。」
「そうだね。もう1匹はお前が食べるだろう?アカネには内緒にしてあげるから。」
「アカネがなんだって?」
当の本人がやってきて、友梨奈の隣に座った。おじさんは、やってしまったとでもいいたげな顔をしている。
そうか、友梨奈とアカネの関係が修復したこと、おじさんは何も知らないんだ。
「鮎は友梨奈が食べてね。イワナと食べ比べてもいいし。カボス買ってきたから、それかけると美味しいよ。」
「うん。ありがとう。」
アカネは、嬉しそうに友梨奈のほっぺをつついた。友梨奈は慣れない様子で、されるがまま。おじさんは、その様子をポカンと口を開けて見ている。
「理佐ちゃん、またあの子なんか企んでるよ。」
「そうですね。東京まで友梨奈を追いかけて来そうです。そうなったらどうしよう。困っちゃうな。」
なぜだろう。昨日は、アカネと友梨奈を微笑ましく見守っていたはずなのに。今日はなぜかそんな気分にはならない。アカネに向ける彼女の恥ずかしそうな笑顔にちくりと胸が痛んだ。
私も独占欲強いのかな。
魚が焼き上がり、縁側でいただく。友梨奈の隣は従姉妹2人が囲み私の隣には叔母さんが座った。
「りっちゃん、車で駅まで送っていくよ。」
「ありがとうございます。でも、最後に駅までの田園風景を見て帰りたいので、歩いて行きます。」
「それは、残念。うちはいつでも歓迎だから、お休みがあったら、ゆりちゃん連れて遊びにきてね。」
おばさんは、別れを惜しむように言った。
友梨奈は高校の寮に住んでいるから、親戚といえど泊まったりするのは難しいのか。かと言って、私のアパートにどうぞなんて、申し訳ないけど口が裂けても言えない。だって、そんなことになったら友梨奈のために、この家族は何日も居座るだろう。
最後のお昼ごはんも食べて、電車の時間に合わせて家を出ることにした。おばあちゃんが家中をせかせかと回り、二つの大きな袋をもってきた。
「赤味噌に、たまり醤油、ばあちゃんが漬けた漬け物。友梨奈と理佐ちゃんの分、分けたから持っていきな。電車は上りが30分後。ゆっくり行っても間に合うね。」
「おばあちゃん、重いよ。」
会えない分だろうか、地元のお土産を沢山渡された。おばあちゃんも寂しいだろう。それを察してか、アカネは言った。
「寮で泊まれないなら、理佐の家行けば良くない?みんなで。」
すると、「あー!そうだね」と家族一同、口をそろえた。
「い、いつでも歓迎しますよ。」
「アカネは、今からでも行きたいんだけどなあ?」
もし受験の年じゃなかったら、アカネはついてきてたかもしれない。危ない。危ない。
「アカネちゃん、応援してる。おばあちゃん、体に気をつけてね。じゃあね、またくるね。」
「いつでも、帰っておいで。」
駅までの、田園風景。稲はまだまだ成長期、これから更に青みが増す。夏は始まったばかりだけど、大きなイベントを1つ終え、少しばかり寂しい。
お互い、お土産が左右の手を塞いでいて、手を繋ぎたいのに繋げない。この距離がもどかしい。
すると、行きと同じ場所に浦野さんは立っていた。
「友梨奈ちゃん、理佐ちゃん。良かった、会えて。」
「おじいさん!どうしたの?」
「いやあ。金庫が空いたら半分、山分け言う話を思い出してな。」
浦野さんは、私たちを待っていたようだった。何時に家を出るか伝えていなかったので、いつからいたかわからない。悪いことをした。
すると、浦野さんは友梨奈の掌に小さな巾着を乗せた。
「何これ?」
「赤いひまわりの種やね。一本でも咲けば、また次の年に種は植えられる。全ての種を同じ土地に埋めるより、いいだろうと思ってな。」
「それは、私にも育てろってこと?」
「無理にとは言わんが。」
「私、花を種から育てたことないけど・・・。わかったよ。理佐のアパートの庭に埋める。ねえ、理佐いいでしょ。」
甘えた顔でこちらを見るので「そうしよう。」と荷物を下ろし巾着を受け取ると、リップや鍵を入れるポーチにしまった。
「でもさ来年、赤いひまわりが東京でも咲いたら、ここへ来る必要なくなるよね。」と友梨奈はイタズラに笑った。
「そんなこと、言わんで。」
「嘘嘘!ごめんごめん!また来るから、そんな悲しそうな顔しないでよ。」
浦野さんは私に、友梨奈ちゃんをよろしくと手を強く握った。まだまだ、溢れる生命力を感じる。これなら浦野さんも、来年は大丈夫だな。
「来年も、元気な友梨奈をお届けしますよ。だから浦野さんもお元気で」と、私は強く手を握り返した。
電車のホームについて、ようやくお土産をベンチに置ける。家族からもらった、たくさんのお土産を見ながら友梨奈は言った。
「いっぱいもらっちゃったね。たぶん、みんな理佐のこと好きになっちゃったんだと思う。すごく、なんて言うか。よかった。みんな幸せになって。理佐、ありがとう。」
「私は何も・・・。」
「理佐?」
「友梨奈が愛されてたから。みんなが幸せだったのは、大好きな友梨奈がいたから。ただ、それだけのことだと思う。」
1日8本ほどの電車だが、次の乗客の姿が見当たらない。私も、両手に持っていたお土産をベンチにおいて、ホームに誰もいないのをいいことに、友梨奈を抱きしめた。
「ちょっとだけ・・・。」
首が汗で湿っぽくて、余計に友梨奈の体温を感じる気がする。「今、汗すごいから。」と身体から離れようとするのを、力で引き戻して離さない。
「どうしたの?」
「早く、こうやって独り占めしたかった。さっき、ちょっと寂しかった。友梨奈、アカネに頭撫でられて嬉しそうなんだもん。頭撫でるの、私の特権だと思ってたのに。」
「だって、はじめてあんなことされたから。」
「だから嫉妬しちゃった。私、嫉妬したら友梨奈のこと、どうにかしちゃいそう。」
彼女が私のことを慕っているのは、すごく伝わる。誰よりも好きでいてくれる。だから、私のそばを片時も離れないし、1日のうちで理佐って名前を呼ぶ回数は、どの単語よりも多いかもしれない。だけど、私は嫉妬する。
それに、最近はそれだけじゃ足らない。もっと、特別でいたい。
面倒くさい私が止まらない。
「ねえ、こうやって抱きしめさせてくれるのは、私だけでしょ?違う?」
「え・・・どうかな。力があれば私を抱きしめることくらい、誰でもできると思うけど。」
「別にそこ、冷静に答えなくていいから。」
だけど、そんな私のもどかしい気持ちを彼女はわかってくれない。
「まあいいや。」
「でも。」
1度私が腕を離すと、今度は彼女の方から私を引き寄せた。
「私が自分からこうするのは、今んところ理佐だけかな。」
熱を帯びた身体が、無意識に私を高揚させた。
このまま、何をしたら友梨奈は私を突き放すだろう。どこまでが彼女の一線か。
私は試すように唇を、顔に近づけた。
キスなんて、いとも簡単にできる距離。
「やっぱりな。」
それなのに、彼女の表情は何ひとつ変わらない。それはどんな意味を持つのだろう。
ただ、モヤモヤが増すだけだった。
近くの踏切がなって、電車の時間を知らせた。
「ズルイよね。」と心の中で呟きながら、私は彼女のおでこにキスをした。
「あっ、電車きた!」
友梨奈は、私から離れてお土産を慌てて持ち「理佐も早く」と急かした。
彼女にとって私からのおでこにキスも、もはや驚きはしない。
「まあ、それはそれでいいか。」
彼女は世間の女友達がどういうものか、きっと知らない。私がこんなことをしても、なんの疑問も抱かないのだから。そして、私はその事を知っている。だから、私はずるい大人なのだ。
電車の中、友梨奈は私の肩で寝ている。
叔父さんの言葉を思い出す。
「君は友梨奈が一緒にいたいと思った、初めてのお友達・・・か。こんなんで、本当にごめんね。そのかわり、後悔させないから。」
帰ったら伸びた前髪を切ってあげて、夕食には好きなものをつくってあげよう。お風呂からあがったら髪をかわかして、漫画を音読しようかな。それとも、ネイルを塗ってあげる?友梨奈が嫌になるほど愛でて、いっぱい甘やかすんだ。
さあ、東京へ帰ろう。