my summer 018+1 てちりさ
新幹線は時刻通りに運行し、まもなく新横浜。その後、品川で乗り換えをして理佐のアパートの最寄駅につく。長いトンネルを抜けると、同じような形をしたビル群が見えてくる。慌ただしく窓に流れる景色を眺めていると、幼い頃の思い出が走馬灯のように蘇る。
母が倒れた庭の桜、叔母家族との食卓、上京した日の朝の日差し。酷く悲しい思い出も、今は美しい。
そう思えるのは、理佐のおかげ。
今から数時間前、電車のホームで彼女が私のおでこにキスをした。また理佐の悪戯だなんて思ったけれど、今改めて思い返してみると、胸がドキドキしてくる。理佐を見ているとフィルターがかかるように視界がぼやけてきて身体が熱い。
甘えた理佐、かわいかったなぁ。
「理佐、熱い。」
「熱い?さっき、やっぱ日焼けしたかな?ショックなんだけど。」
「なんで理佐が落ち込むの?」
「友梨奈は、私の人形だから。」
「なんか、それ久しぶりに聞いた気がする。」
だけど今、彼女は何事もなかったかのように、いつもの彼女に戻っている。
新幹線に乗ると私に寝やすいでしょと、窓側の席をゆずってくれた。それから、チケットは無くしちゃいけないからと、私のも預かってくれて車掌さんの車内確認も終えた。うたた寝して起きてみると、ペットボトルの水を買っておいてくれている。それは、確か行きの電車と同じ。
彼女は誰よりも優しくて、頭が良くて、綺麗で・・・万人に愛される人。
理佐と出会って数ヶ月が経ったけど、私なんかに構ってくれているのが不思議でならない。
私はこの上ない贅沢をしている幸せ者だ。
だから・・・時々、不安にもなる。
理佐は携帯を取り出すと、画面を見ながら「うーん」 と、うなっている。気になって覗いてみると、茶碗蒸しの作り方を調べているようだった。茶碗蒸しといえば、私の好きな食べ物だけど・・・
「理佐、茶碗蒸し・・・。」
「うん。帰ったら作ろうと思って。友梨奈好きでしょ?」
「いいよ!疲れてるだろうし。茶碗蒸しって大変そう。」
「私が作りたいからいいの。」
理佐と3日間帰郷し、私の親戚とはいえ彼女からしたら赤の他人。その中で3日も過ごしたんだから、気持ちが落ち着かなかっただろう。ようやく解放されたというのに、これからまた私のために労力を使うことはない。
「茶碗蒸し専用の陶器ないと作れないのかな?」
「い・・・いらない。」
「いらない?好きじゃなかったっけ?」
「好きだけど・・・今は食べたくない。」
うまい断り方が思いつかない。理佐は黙って私を見ている。私は目を合わせることができない。口元が震える、本当に自分が嫌になる。
すると、理佐は私の顔を覗きこみ、額に手を当てた。
「ありゃ、おでこが熱いね。日焼けじゃなくて、熱だったかな?色々あったから、体が疲れちゃったんだろうね。」
「全然疲れてないよ。それに、熱なんてないもん・・・」
「はいはい。帰ったら7時くらいになるかな。確かに、茶碗蒸し作る時間はないかも。お粥でも食べて、今日は早めに寝ようか。」
「気にしないで、大丈夫だから。」
「なに?さっきからどうしたの?」
私は贅沢すぎる。理佐に何でも貰ってばかりで、何のお返しもできていない。それが時々心苦しい。それに、こんな時に熱だなんて、私の身体って馬鹿なんだろうか。
「やっと2人きりになれたのに。お世話もさせてくれないの?友梨奈の意地悪。」
「だって。私ばっかり・・・。」
「あ、また始まった。私は友梨奈のお世話が好きなの。がんばりすぎちゃう友梨奈を甘やかしたいし、私色に染めたい。育成ゲームみたいなもんだよ。」
「育成ゲーム?私はお人形さんなのに?」
「例えの話ね。友梨奈は分からず屋だからわかりやすくしてあげてるの。」
「わかりやすく・・・。私は、お人形さんで・・・ゲームで・・・。」
「ふふ。熱で頭が回ってないね。」
私の額を冷やすため理佐は自分のペットボトルにハンカチを巻き、「今、これしかなくてごめんね。」と微笑みながらつぶやいた。
何に対して謝っているのだろうか。笑みは何を示しているのか。考えれば考えるほどわからない。理佐は人間味に溢れていて、私には難解だ。だけど、そんな理佐に惹かれる。
「じゃあ元気になったら、私に手作りのケーキを作って。」
「ケーキ?」
「それもハート型のやつ。それをお誕生日おめでとうってあーんして食べさせて。私の誕生日7月27日だから。」
「えっ、この間過ぎたじゃん。なんで言ってくれないの?」
「私も忘れてたの。だから友梨奈の手作りケーキが食べたい。」
私が作れる料理といえば、味噌汁程度でデザートなんて作ったことない。だけど理佐が食べたいと言うのであれば作るに決まっている。味の保証はできないけれど。
「わかった。作る。」
「私も手伝うから。」
「それじゃダメじゃん。やるなら理佐のいない間に作るよ。」
「え。作ってるところも見たいんだけど。」
「そしたら、何ケーキ作ってるか分かっちゃうじゃん。」
「わかっちゃいけないの?」
「いけなくないけど、サプライズの方が楽しいでしょ。」
「うん、楽しい。でも友梨奈と過ごす時間は、いつでも楽しいよ。」
理佐は優しく笑った。
「元気になった?」
「元気だってば。」
「良かった。」
「でも・・・闇モードの友梨奈もかわいいから、時々はそうして捻くれて欲しいな。あと、お熱の友梨奈も目が潤んでて、口がゆるくてかわいい。それは、それでいいなあ。」
「理佐、お粥作って。今日は早く寝る。」
「残念。」
帰っておかゆを食べて寝たら、翌朝熱は引いていた。ジェットコースターに乗っている、そんな夏休みだったなあ。