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立山 雄山神社嶺社
【社 格】
【所在地】〒378-0126 群馬県沼田市白沢町上古語父2147
【電 話】0278-53-2450
【主祭神】日本武尊(ヤマトタケルノミコト)
弟橘姫尊(オトタチバナヒメノミコト)
素盞鳴尊(スサノヲミコト)
子育稲荷大神(コソダテイナリオオガミ)
開運厄除海修大神(カイウンヤクヨケカイシュウオオガミ)
大地主大神(オオトコヌシノオオガミ)
・・・・他 八百萬大神
【相 殿】
【境内社】
【兼務社】
【別当寺】
【御由緒】当山は平安時代後期の保延年間に、国の行く末や人心の乱れを憂いた日本武尊の御神勅に依り、国の繁栄、大和心の継承・人心の幸せ等を祈念・祈祷する為の祭祀殿が造営されたところを期限と伝えています。
以来、日本武尊を主祭神・総御本尊と奉じ、代々に亘り御神勅の侭に上州霊峰武尊山を開き、八百萬大神・諸天善神諸菩薩を本殿内相殿と境内社に卷せ勧請・奉祭して来ました。
神仏習合・敬神崇祖のかわる事なき教えや、信仰心の伝播等の為、昭和五十八年秋この地に御遷宮された後、御祭祀八百五十年祭を奉祝して平成元年に現在の様に改修されました。
【御朱印初穂料】300円
【例祭日】
【H P】http://www.hotakasan.jp
 

南宮寺
<ご本尊>
大日如来(ダイニチニョライ)
阿弥陀如来(アミダニョライ)
観世音菩薩(カンゼオンボサツ)
勢至菩薩(セイシボサツ)
身代不動明王(ミガワリフドウミョウオウ)
・・・・他 諸天善神諸菩薩

 
【社 格】
【所在地】〒135-0003 江東区猿江2-2-17
【電 話】03-3631-2516
【主祭神】天照大御神、宇迦之御魂命
【相 殿】
【境内社】
【兼務社】
【別当寺】
【御由緒】源頼義奥州遠征土岐、家臣の「猿藤太」(さるのとうた)という武将が此の地の入江で力尽きたのを地元の漁師達が手厚く葬り、境内に塚を建た。この縁起により「猿江」の社名となる。康平年中(1058年)頃には、稲荷社として境内地300余坪を有していた。
【御朱印初穂料】300円
【例祭日】8月14日(三年に一度の式年大祭は、八月第一土曜日)
【H P】

蓼科神社奥社

鎮座地 北佐久郡立科町芦田蓼科5154

奥社祭神名

 高皇産霊神(たかみむすびのかみ)

 倉稲魂神(うかのみたまのかみ)

 木花佐久夜毘売(このはなさくやひめ)

奥社例祭日 7月20日

 

神社名    蓼科神社 (宮司 伴野慎一郎)

里宮鎮座地 北佐久郡立科町芦田高井424

本社祭神名

 高皇産霊神(たかみむすびのかみ)

 大己貴命(おおなむちのみこと)

 木花佐久夜毘売(このはなさくやひめ)

里宮例祭日 9月20日

 

由緒    本宮は(奥宮)は蓼科岳頂上にあり、三代実録に陽威天皇の元慶2年7月16日の條に蓼科神に従王位下を授けた記述がある。

伝説には武居夷神が領土を諏訪大神に譲って蓼科山に登ったとか、小雄命東夷征代に来た時奉斎したとか、坂上田村慶が当社修理したとか言われる。里宮 延喜式内社英田神社とも言う。

推古天皇の12年に奉斎すといはれる、中世社領三千余貫を領したこともあるが、だんだん衰微し、寛永年中当村今井治兵衛なる者奪励し、現状に再興せりと