洗濯物を畳んでいると、靴下に穴を発見。
しかも1センチくらいの大胆な感じ。
最近は、かかとと足首の間の、
くるぶしの90度後ろのところに穴が空く。
ここ、何ていうの?
気付かず履いてたのかな?
そういえば、かなり前に仕事の現場で、
靴下に結構な穴が空いてたことがあったな〜。
指摘されるまで気付かず。
あの時も変なところに穴が空いてたもんです。
足の裏の、親指と人差し指の間の、
母指球のちょっと横のところ。
ここも、何ていうのかな?
ええ年こいて穴の空いた靴下を履いている女。
どないやねん!と自分につっこんだ、人生における楽しい思い出の一つです。
最近、自分の人生が上出来のような気がしてきました。
自分のポテンシャルよりもいい人生を送らせてもらっているような、そんな気持ち。
辛くて悲しいことも、そりゃいっぱいあったけど、
それもこれも含めて、全部が大切な経験だったなあとも思う。
おめでたいやつだのう。
結婚もしてないし、その予兆もないし、もちろん子供もいない。
唯一もってるのは仕事だけ。
そんな人生のどこがいいのか。
いや、それがいいのだ。
わたしの価値観では、最高。
そう思えることが一番大事。
もうすぐ死ぬのかな…と思うくらい、いろんなことをダイジェスト版で思い出す。
走馬灯をゆっくり回転させているように。
亡くなって7年になる父のこと。
父の人生は幸せなのかな?と思っていた。
仕事もたいへんそうだし、子供は生意気だし、
家庭の中心は母だし…と。
最期の7年は入院と在宅介護の日々。
あの7年は、確実に父が家庭の中心になっていた。
わたしも生意気を言わなくなったし、
母も打って変わった献身ぶり。
幸せがなんなのかは分からないけど、
少なくとも父のおかげで、わたしには嬉しい思い出がたくさん残っている。
亡くなった友人のことも思い出した。
最近、面白いイベントに行った時に、
「一緒にきたかったな〜」という気持ちが急に降りてきた。
不思議な感じだった。
生きていれば…と、どうしようもないタラレバを考えてしまった。
あ、なんか真剣な感じになってしまった。
人生が上出来な話に戻そう。
上出来なことのトップとしては、
自分の人生において、ここぞという時に、
これぞという人に会えるということだと思っています。
友達も仕事関係の人も。
ありがたいことです。
本当に強運だと思う。
自分のポテンシャル以上の結果にびびってしまうこともあるけど、
びびらせられるくらいの強運に笑ってしまう。
どんなことも最後には笑いにできること。
それがわたしの人生のテーマなのかもしれないなと、思っています。
こんなことを書いていて、本当に死ぬ時の走馬灯のトップが靴下の穴の思い出だったらどうしよう。
いつかわたしが笑いながら息を引き取ったら、
そういうことだと思ってください。
はからずも遺書のようになってしまった!
まだまだ生きますよ。憎まれっ子、世にはばかります!