初秋の豚汁 | カメロンのブログ

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今日、久しぶりに地震が来ました。
仕事場でひとりだったので、よりいっそう怖かったです。
職場の方に、「こういう時はドアを開けないと閉じ込められるよ」と言われました。
窓のない部屋だし、そうなったら本当におしまいだな・・・とゾッとしました。
まぁ、運が悪けりゃ死ぬだけさ。
最近、そう思うようになりました。

さて、最近のわたくし。
相変わらず、自炊して仕事して、いろんなことに精を出しております。

豚汁を作りました。
豚肉やら人参やらを切っているとき、
不意に、先日実家に帰った時のことが思い出されました。
朝起きたら、ご飯とお味噌汁とおかずとフルーツ、青汁まで用意されてたなぁ~と。
母に感謝とともに、感動をおぼえてました。
なぜこんなに感動を覚えるかと言うと、
我が家では、子供の頃から朝ご飯は各自で食べるのが当たり前だったから。
自分でパンを焼いて、飲み物を入れて、適当に果物を食べたり、
母が作ってくれるお弁当のおかずの残りを食べたり、
そんな毎日でした。
共働きだったので、それが当たり前の光景。
ドラマで見る家族そろって朝ご飯を食べている風景が、
わたしにとっては、滑稽で仕方がなかったです。
「朝からそんな暇あるなぁ~」と。
だからこその実家での感動。
母が手間をかけた朝ご飯を作ってくれているなんて。
なんて贅沢なのだと思ったのです。

子供のころは、お金持ちの家に生まれたかった、
せめて一人っ子だったらよかったと、何度も思っていました。
私の場合、物欲があるというよりも、
極度の面倒くさがりだったので、
髪の毛をちゃんとやってくれて、服も着せてくれて、
学校の用意もしてくれる人を雇って、
家を学校の中に建てて、ギリギリまで寝たいという浅はかな欲望を抱いていたのでした。
大人になった今は、こういう価値観の家で育って良かったと思っています。
兄妹がいるありがたさも身に染みて分かる年齢になりました。
それにしても、母が朝ご飯を用意してくれるだけで感動できるなんて、なんちゅう幸せな人間。
何でも与えられていたら、こんなことは感じられなかっただろう。
かえって、不足を感じる人間になっていたんじゃないかと思う。
今よりもっともっと未熟だったころは、人と比べることも多かった。
足りない部分がコンプレックスになっていた。
今となっては、馬鹿だったなぁと思う。
自分の価値観が育ってなかっただけだとは思うけれど。
そんなこんなを経ての今だけど。
今は、無駄な勝負をしなくなった。
人の土俵で戦わないようになった。
まずは、自分の土俵を固めないと。
こんな自分を、真の負けず嫌いだと思う。
どんな状況においても、不幸を嘆かず、新しい幸せを探そうとする。
状況に負けたくないという思いだけがそうさせるのだと思う。
ますます縁遠くなりそうで、怖いわ~。

ずいぶん、概念的になってしまいました。
ま、わたしの人生は、がんばることが永遠のテーマだと、書きながら気付きました。
多分、それがわたしの幸せなのでしょう。
出来上がった豚汁は、母の味には叶わず、
まだまだ先は長いと思わずにはいられない、初秋の夜でした。