無知の知という言葉にはまったことがある。
かの哲学者ソクラテスの言葉である。
無知であることに無知であるよりも、
無知であることを分かっている方が優れているというお話。
端折り過ぎましたが、ま、大局は間違ってないでしょう。
最近、私は「分からない」「知らない」と言うことが出来るようになった。
それまでは、そう言うこと自体が恐かった。
バカにされるんじゃないかと不安になったり、
舐められるんじゃないかと疑心暗鬼になったり。
だから必死で無知であることをうまく隠そうとしていたような気がする。
自信のなさの裏返しだと思う。
今は、「分からない」も「知らない」も言える。
今まで、知る努力をして来て、その上で知らないということは、
そのこと自体が、知られざるものだったということだという考えに到った。
ややこしいな、この言い方。
私が知らないことって、よっぽどのことだわという自信のあらわれです。
えらそ~。
だけど、ずいぶん楽になりました。
素直に生きられることが、ただただ嬉しい。
だって、いっぱい本も読んできたもんね~。
いっぱい悩んで、自分なりの解決策をいつも編み出してきたし。
頭もいっぱい使ったもんね~。
今もまだ道中だけど、だいぶ歩きやすい道が開けてきた。
またそのうち、トンネルがあったり、
砂利道でスリップしたり、
そんな日もくるに違いないけど、
まぁ、なんとかなるでしょう。
Facebookで友人が書いていた、
ある雑誌の記事「40代で『分からない、やってみます』はシャレにならない」に対して、
私が思うことを書いてみました。
いくつになっても、
「分からない、やってみます」でええやんけ~!
という思いの丈をがんばって書いてみたのですが、
伝わってますでしょうか。