とても人気の歯医者さんで、平日も人がいっぱい。
待ち時間にあらゆる雑誌を読んだので、
いよいよ絵本に手を出した。
そして、すごく考えた。
五味太郎さんの「正しい暮し方読本」
![]() | 正しい暮し方読本 |
| 五味 太郎 | |
| 福音館書店 |
中でも犬の飼い方。
ごほうびでつって、いろいろさせず、
共に楽しく生きましょうってなことが書いてある。
その時は、そうだなぁとしみじみ思った。
そして今、もっと共に楽しく生きたかったなぁと思う。
犬の倭(やまと)がおとといの朝、息を引き取った。
10日前に大発作を起こし、4日間入院し、
家で療養したものの、どんどん衰弱し、静かに呼吸を止めた。
発作を起こすまでは、元気でピンピンしてたのに。
死に目には遭えなかったけど、
倭の亡骸に対面した途端、私は膝からくずれおちた。
そして、今までしたことないような大号泣をした。
わーん、おーん、えーん。
父の時もこんな泣き方をしたことない。
かわいそうに、ごめんね、ありがとう。
咄嗟にそんな言葉が出た。
ゆっくりお別れを言って、斎場にでかけた。
犬の場合、火葬か庭に埋めるか、
嫌な話だけどゴミとして捨てるかの選択肢。
火葬して、お骨を持ち帰ることにした。
前の犬(リキ)の時も火葬だったが、
火葬の場に立ち会うのは初めてだった私。
儀式的には、父の時とそんなに変わらず。
妹や姪たちが合流し、
しばらくして、倭は骨になった。
そして、生命の神秘に出会った。
人ののど仏は、仏様、いわば人型。
犬ののど仏は、犬型だったのだ。
おすわりしている姿を横から見た図。
す、すごい。
感動と共に、疑問も生じた。
他の動物もそうなの?
これで終わりかと思いきや、担当のおじさんが
「一番大事なのは犬歯です」と。
倭の犬歯は立派でした。
母も私も、この歯牙にかかったことあるなぁと
思っていたところ、姪の1人が
「おばあちゃん、やまとに噛まれた…」と言い出しかけ、
母に「余計なこと言いなさんな」と素早くツッコミを入れられた。
あのタイミングは、絶対母もその思い出がよぎってたからだと、
私は確信している。
そして、倭はちっちゃい壺におさまって、家に帰ってきた。
早速、父の仏壇の横に、リキと倭のお骨と写真を並べた。
ちゃんと毎日、お線香あげるからね~。
リキが死んだ時、悲しかったけど、
こんな号泣はしなかった。
多分、死というものが分かってなかったんじゃないかと思う。
父の死を経て、悲しみだけじゃない、
無常であること、生きる意味をさんざん考えたあとの
倭の死だからこそ、こんな思いになるのかもしれない。
そして、父の時と今は、悲しみの種類が違う。
父の時は、育ててくれた人に対する感謝と、仕方がないという気持ちが混ざり、
その血を受け継ぐ者として、しっかり生きていくぞと思ったが、
倭の場合は、庇護すべき存在だったのに、
それができなかった自分への責めがある。
今はそれがすごく辛い。
単なる感傷ではないと思う。
自分でもまだよく分からないけど、
倭のことを大事に思いながら、
その思いを込めたフォトブックを作ることにした。
しょんぼりしている母にプレゼントするつもりだ。
今年は、失うことの多い1年だったけど、
失うことによって、得たものもたくさんありました。
ちょっと大人になったような気もします。
なんて、電車でこのブログを書いていたら、知らず知らず涙があふれてしまって、
降りた駅のトイレで鏡を見たら、見事にマスカラが目の下を真っ黒に染めていた。
電車で泣きべそをかく、そんな大人です。
