禁断の話題 | カメロンのブログ

カメロンのブログ

ブログの説明を入力します。

神様、仏様~
哀れなワタクシをお救いください。
にっちもさっちも行かない状況で、
何度心の中で叫んだことか。
神様と仏様が同居するってどうなん?
って話ですが、日本特有のこの文化、
私は嫌いじゃないです。
むしろ好き。
救ってくれるなら、神様でも仏様でもいい。
自分本位でええじゃないか。


憲法第20条には、信教の自由が掲げられています。
日本国民の精神的自由の項目の一つですね。
とっても大事です。
キリスト教徒が迫害されていた時代もあったことを考えると、
自由万歳です。
信じることがパワーになる。
素晴らしいことです。
でも、最近、また宗教がらみの事件がありましたね。
ハッピーになるための信教が、
あらぬ方向へ進むことがよくあるようです。
信教の域ではなく、洗脳の域になってしまうと、
本当に恐ろしいことが起こってしまうんじゃないでしょうか。
どう考えたって、自分のお母さんを殺すって、おかしいやん。
家族ぐるみで・・・っていうだけでもおかしいけど、
大勢で・・・っていうのもおかしいやん。
誰か止めろよ。
その負のパワーを。
何のために信じてるの?その教えを。
人の命を奪ってしまうような宗教は、もはや宗教ではないんだと、
私は思います。

昔、イギリスにホームステイしていた時、
その家族はカトリックだったのですが、
毎日曜日、ミサに出かけていました。
私は、来たかったらおいで・・・と言われ、
行ったり行かなかったり。
入信を薦められることもなく、本当に自由にさせてもらっていました。
クリスマスの特別なミサにも参加させてもらいました。
順番に並んで、神父さんから、
パンに見立てた薄いウエハースみたいなのを食べさせてもらったり、
ワインに見立てた水を飲ませてもらったり、
「グローリア♪グローリア♪」と賛美歌を歌ったりもしました。
その日、ホームステイ先のお母さんが初めて宗教について、
語ってくれました。

「もしあなたの家族がみんな亡くなってしまって、
愛する人が去ってしまって、一人になってしまっても、
あなたは一人じゃないのよ。心の中に神様がいるから・・・」

神様を信じている理由。
すごく納得がいきました。
そう思うと、強く生きていける勇気をもらえそう。
神様は救いの存在なんだなぁって、しみじみ思いました。
帰国してから、教会に行ってみようかなとまで思いました。

そのホームステイ先を出て、ユースホステルで暮らしていた時期、
ちょろちょろと、公園のスピーカーズコーナーに顔を出していました。
演説をしているおじさん達の話を聞くだけなんだけど、
英語の勉強になるかなぁと、ただただぼーっと立っていました。
するとそこに、温和そうな日本人の女性から
「あなた、日本人ですか?」と話しかけられました。
日本語に飢えていた私は、嬉しくなって、
べらべらと今の自分の状況も含め、話をしていました。
すると、公園のあちらこちらから、
同じような日本人女性が3人くらい寄ってきました。
「あ~、みなさん、こちらで働いてはるんですね・・・」
と、普通に話をしていると、先の女性が唐突に、
「カミのおかげで、イギリスに居続けるという願いが叶ったんです」
と話し始めました。
最初、私は「カミ」っていうのが、「上司」っていう意味かなぁ?
はて~?変な言い方だなぁと思っていました。
他の皆さんも「カミ」のおかげでイギリスに居るとのこと。
「いい上司に恵まれてよかったですね・・・」と言いそうになった時、
はっ!!「カミ」とは「神」のことか!と思い至ったのです。
ちょっとひきました。
それ、違うやろ。
自分ががんばったから、願いが叶ったんでしょ。
周りに恵まれたから、自分の思いが通じたんでしょ。
それを全て「カミ」のおかげって、それって何か悲しい。
「すぐそこに教会があるので、聖水だけでも受けていって」と言われましたが、
「今は、神様よりも自分を信じたいんで・・・」と訳の分からないことを言うと、
その方たちは、くもの子を散らすように去ってしまいました。
どーっと疲れました。
そしてとても悲しくなりました。
友達ができるかもと思ったけれども、
向こうにとっては、ただの布教活動だったんですね。
異国で一人ぼっちだった私にとっては、
心に刻み込まれた出来事になりました。

そんなことがあったせいか、私は宗教について、
とっても注意深くなりました。
それ以来、誰かに薦められることもないですけどね。
しばらくは、自分本位に
神様、仏様~というフリースタイルを貫かせていただこうと思います。


それにしても、昔は、私も英語を聞き取れてたんだなぁ。
英語で賛美歌歌ってたんだなぁ。
今となっては昔の話でございます。