
かつて、日曜の朝「時事放談」という、
竹村健一氏とゲストがその時の政治のあり方などを語る番組がありました。
子供だった私は、年配の二人の対談を見て、「じじい放談」だと思っていました。
さて、昨日の帰り道、最寄り駅で号外が配られていました。
家のポストにも入っていました。
なかなかないことです。
それだけ大きな出来事やっちゅうことですね。
会見を見たところ、かなりやつれてはりましたね。
野党からは、当然批判の声、声、声。
ま、そうなんだけど、
ホントにタイミングが悪いし、無責任と取られて当然なんだけど、
同情してしまうのは私だけ?
憔悴してはるやん。
いつから、この人は笑わなくなったんだろう。
なんか寂しい幕引きだったなあ。
政治に疎い私ですが、最近思うことがある。
政治家に必要なのは、実は運なんじゃないかって。
運は必然の積み重ねから来るかもしれないけど、
時期的な問題ってあるんじゃないのかな。
本当は、運の力よりも勝るものはあると思う。
「すごい頭脳明晰で、ピンチをチャンスに変える英断ができて、
誰からも尊敬されるカリスマ性を持っている人」であれば、
なんだって乗り越えられるんだと思う。
でも、今の政治の世界に、そんな人はいない。
少なくとも、私がテレビで見る中には、いるとは思えない。
ビジネスの世界にはいるかもしれないけどさ。
「政治家は、恥ずかしいということに鈍感でないとできない」
と、誰かが言っていた。
確かに、他人の目を気にしていたらきりのないお仕事だと思う。
誰かを傷付けることに繊細であっては、やってられないお仕事なのかもしれない。
ふてぶてしい人のほうが力を持つのかもしれない。
でも、本当にそれでいいのだろうか?
政治家は世襲制のことも多いよね。
地盤を引き継ぐってやつ。
その一族に政権を預けるなんて、よくよく考えると、
江戸時代からいっこも進歩してないのではないか。
庶民の味方だという人もいるかもしれない。
でも、選挙に受かるほどの経済力を備えた人が、
庶民を語れるのだろうか。
国会での、足のひっぱりあい。
政党のマイナスポイント争い、やめてほしいわ。
そんな暇あったら、手に手をとって、
世の中をよくするための話し合いをしてもらいたいもんです。
あかん、段々腹がたってきた。
これぐらいにしておこうっと。
そんなのおかしいって思うことが多すぎて、
何がなにやら分からなくなってきました。
一般論でしか語れない私は、
政治家についても「顔」で判断していこうと思っています。
美醜ではなく、にじみ出る雰囲気を見たいと思います。
それにしても嫌いな顔の人、多いわぁ。