青春の日々 | カメロンのブログ

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昨日、高校3年生の時の同窓会に行ってきました!

全員大集合っていうわけにもいかず、
10人くらいのこじんまりした会でした。
女子は3人だけ。
さてさて、どうだったかというと・・・
正直、楽しかった~。

なにしろ、自分が自分のままでいられる。
かっこつけなくてもいいし、
そんなに気を使わなくてもいい。
中には、高校時代、一言も交わさなかった男子もいる。
でも普通に話せる。
変な連帯感もあって、
何でかな~?と思ってたんだけど、
やっと分かった。
思い出を共有しているからだ。
あんなこと、そんなこと、あったよね。
語れる思い出があるってだけで、
わきあいあいと話せるもんなんですな、これが。

私の記憶では高校時代は、それなりに勉強したなぁとか、
学園祭の打ち上げは、真面目にボウリングやったなぁとか、
そんな薄らぼんやりしたものでしたが、
みんなと話していると、霧が晴れたように鮮やかなカタチを持って、
目の前に現れた。
アホな思い出ばかりが・・・。

学園祭のこと。

1年生の時は、3年生しか売店を出せない決まりになっていたので、
みんなで「数Ⅰ殺人事件」という映画を作った。
自殺に見せかけて、本当は殺人だったという内容だったような・・・。
窓から落ちたように見せるアングルを工夫したり、
エンディングに一人一人の感想を乗せたり。
演技のえの字も撮影のさの字も知らない子たちが、
何を思って作ったのか、今でも不思議だ。
そして、その映画を心から観たいと思う。
赤っ恥作品であることは言うまでもない。

2年生の時は、「悟りを開くの会」を企画した。
当時、倫理の先生のキャラがとても強くて、
クラスでは密かな倫理ブームだったのだ。
教室をぐるぐる迷路のようにセッティング。
クイズや禅問答などの関門をこなしていけば、
ゴールには菩提樹が置いてあって、
その根元に釈迦役の男の子が寝ているという、
極めて独創的なものであった。
なんばのトラヤに布を買いに行ったこと、
本当はシフォン生地で、僧の衣装を作りたかったのに、
予算が足りなくて、綿生地で黒に水玉の衣装になったこと。
一生懸命だったなあ。

3年生の時、ようやくお店を出せた私たち。
何をしようかというクラス会の時に、
一人が「チョコラッキョ」と提案。
「それ、おもろい!」
「他に、誰もやらへんのちゃう?」
などと、冷静さに欠けた我らクラスメートは、
「チョコラッキョ」という未知の食べ物に心躍らされた。
一人、冷静な担任の先生だけが「焼肉バーガー」を推していたらしい。
お店の名前を決める時も、盛り上がった。
私と友人は、神戸で見たラーメン屋さんの名前が忘れられず、
「ピエール」という名前を推薦した。
その笑いのセンスを理解してくれた男子が1名いただけで、
「as soon as~するやいな屋」という名前に多数決で決まった。
めっちゃ悔しかったのを覚えている。
その後、「チョコラッキョ」はどう上手に作っても
「まずすぎる」ということが問題となり、
いつの間にか「みたらしダンゴとパフェ」屋さんになり、
希望の人に「チョコラッキョ」をトッピングすることになった。

学園祭のことだけで、思い出がいっぱい。
昨日、やっと思い出したこともある。
なんでこんなことを忘れてたんやろう。
もったいない。
卒業文集のことも話題に出たので、
薄らぼんやりとしか覚えてなかった私は、
家捜しをしてみました。
ありました。
で、10年ぶりに開いてみました。
順番にページをめくると、
みんなの18の頃のさまざまな思いや、
とがった性格が浮き出てくる。

あぁ、私はなんてイチビリなんだろう。
情けなくて涙が出るわ。
10年後の自分、20年後の自分を書く欄があって、
私の答え。

10年後の自分は、28歳。六つ子を産んでいる。
名は、儒教思想にのっとって、「徳・仁・礼・信・義・智」である。
もしくは、パリ・モスクワ・ニューヨークなど、
世界を羽ばたく「兼高かおる」のようになっています。

20年後の自分は、38歳。もういいおばちゃんですね。
それでもみずみずしく「小柳ルミ子」のような生活をしています。

全く違う人生やん。
18歳の私よ、38歳をいいおばちゃんだといいくさったな!
ムカつくわ。
「兼高かおる」「小柳ルミ子」などと、
出てくる人名に時代を感じるわ。

当時の好きな食べ物は、「いくら丼」と「まるごとバナナ」。
今は、断然「ハモンイベリコ」。
当時の好きなスポーツ選手は、「カール・ルイス」。
それは今でも変わらない。

文集の最後には、先生から生徒一人一人へのお言葉があって、
私は、社会人になってから何度か、その言葉に支えられたことがある。
先生は、こう書いてくれている。
「屈託がなく、気がついて、明るい笑いが周囲に微笑みを与えてくれました。
 きっとカメちゃん(私のことね)の人生に出会う人たちは
 オアシスのように浮世の苦労や悩みを忘れるんでしょうなあ。」
学生時代は、自由に調子よく生きることが全てだった。
そんな私が、社会に出て味わった、言いようのない挫折感。
「私なんて・・・」と自分をおとしめることもあった。
その時に、この文集の先生の言葉を繰り返し読んでは、
「大丈夫、大丈夫」と自分に言い聞かせていた。
そんな大事なことを忘れてた。
思い出せてよかったわ~。
その時のことを考えると、今でも涙が出る。
先生、ありがと。
感謝しています。
そんな立派な人間になってはいないけど、
あの頃よりずいぶん汚れてしまったけど、
私は私。
元気に生きていきます。

ところで。
目をそらしてはいけない事実として、
やっぱりほとんどみんな、結婚していた。
子持ちの人も多いし、
バツ一の人もいた。
15年って伊達じゃないね。
なんで私、結婚してないねんやろう?
改めて、ビックリした。