左胸全摘一次一期自家再建手術
この治療方法を決めた理由
1989年 35年前 22歳の私は悪性リンパ腫を罹患抗がん剤と放射線治療
選択の余地なし
抗がん剤による脱毛
放射線治療による唾液腺萎縮
不妊
これらを医師に伝えられた時、
「乳がんに気をつけて」と言われたな。
22歳の女の子、受け止めるの大変だった。
髪は女の命
母親になれないってこと?
私の性別は?
私はスカートばかり選ぶようになった。
乳がんが分かった時
『今度は何を奪うの?』と…
抗がん剤による脱毛避けたい
乳房全摘を避けたい
ここから乳がんの勉強を始めた。
まだ、ステージ、ホルモン HER2 など分からない時点で、再建できることを知り安堵。
抗がん剤治療時、頭皮冷却装置の存在を知り、
安堵。
⭐︎ 温存 全摘 選べたら?
全摘を選ぶ
悪性リンパ腫を寛解したから
取り除ける癌は取りたい
⭐︎再建するかしないか?
再建する
これからもずっと女性でいたいの
⭐︎乳がん手術と同時か別に行うか?
同時再建希望
90歳の母、18歳のシーズーのしぃちゃんを考える と複数回の入院は避けたい
2019年に脳梗塞発症 血液サラサラのお薬の
休薬は最小限がいい
⭐︎自家組織かインプラント
自家組織希望
インプラントのデメリットとして悪性リンパ腫の 可能性が記載されている
インプラントは、3年毎に再手術
休薬は最小限がいい
乳がんは治療方法を選択できると知った時、
ホッとした。
診察室 わずかな時間で選択していくために
自分で決めていたの。
退院したら、購入した本記します。
今朝も四十雀ここえが聞こえる
「ここにご飯あるよー集まれー」の鳴き方
