中原中也の詩に出会ったのは、プリシラが16歳の時でした。
(はる~か昔のこと
)
初めて買った詩集の1ページ目の中也の写真の下に
「一生かけて理解したい」と私は書いていました。
年月が過ぎて、黄ばみかけた古い詩集。
その1ページ目に書いた言葉を実行するかのように
やっと、やっと、山口県の湯田温泉にある「中原中也記念館」まで足を運べました。
勿論、かずさ君の弟分のチワワのシロちゃんを連れての旅です。![]()
ペット連れの旅で一番困るのは、ペット可のホテルや旅館を探すことです。
1泊2日の旅で、私がたてた計画は、湯田温泉の中原中也記念館を見る事。
そして、中也の詩にある「冬の長門峡」の場所を見る事でした。
私は自分のお店をオープンしたての大事な頃に、緊急入院したことがありました。
早く自分のお店に出なきゃ、という焦りと、辛いリハビリに心が折れそうだった時、
病院から見る外の景色を見ながら、中也の詩が浮かびました。
こころ穏やかに とブログのタイトルにあるように、焦りでナーバスになっている気持ちの時に
中也の「冬の長門峡」の詩が浮かんできました。
中也が「冬の長門峡」を書いたのは、中也の愛息、文也が2歳で亡くなった後だと言われています。
狂わんばかりの慟哭の後に訪れた、深い静かな悲しみ中で冬の長門峡を書かいたと思われます。
中也はかつて山口に帰郷した際に訪れた料亭の窓から見えた長門峡の景色を思い出しながら書いたのでしょう。
流れる水は人の生命であり、こぼれ欄干に沈んだみかんの如き夕日は文也の命そのもであったかもしれません。
私は、中也が見た、この景色を見たい!とずっと思っていました。
しかし、ペット連れ旅行の難関であるペットと一緒に泊まれる宿はそう多くはありません。
そんな中で、長門市(ながとし)にペット可の旅館が見つかりました。
ドジなプリシラは長門市なら、長門峡(ちょうもんきょう)も近いと思い込んでしまいました。
プリシラ生息地方から、新山口駅までは新幹線を利用。
新山口でペット同乗可のレンタルカーを借りて、まず中原中也記念館を訪れ
その後、長門峡まで行き、見学したらそのまま旅館へ、という計画でした。
が、全部予約手配をした後、出発直前に、計画書を見た旦那様から、長門市と長門峡が遠いよ、と指摘されました。
「ええっ・・」うそぉ![]()
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予約したレンタカーは、新幹線の往復の時間に合わせて、当日のお昼12時から翌日の午後2時までの予定。
お昼ご飯を食べたり、シロちゃんのお散歩やオシッ〇タイムなど入れたら、中也記念館を見た後に
長門峡まで行き、そこからさらに長門市に行き、夕方5時にはチェックインするには無理がありそうでした。
旦那さんにレンタカーで山口の初めて道を時間を気にして走らせるのも危ないかも、と思いました。
結局、今回は絶対行くと決めていた中原中也記念館をメインにして長門峡は次回にとしました。
中原中也記念館では特別企画で、高森文夫と中原中也、が開催されていました。
中也記念館の外観です
資料をもれなく読むにはかなり時間がかかりました。
それでも、改めて私の中の中也像がより鮮明になりました。
これは、とても嬉しく、また感慨深いものでした。
外に出て、シロ君と一緒に近くの井上公園へ。
ここには、中也の詩碑がありました。
有名な「帰郷」の詩碑でした。
16歳の時から中也のファンになり、大人になり結婚や子育て
また人生の荒波が寄せる度に病気になったりとしましたが、どんな時でも、中也の詩は心の中に共にありました。
井上公園では、空を見上げたら「青い空は動かない、雲ぎれ一つあるでない・・・」と
「夏の日の歌」の詩を自然と心の中で朗読していました。
とても貴重な良い時間でした。
湯田温泉では名物の瓦そばを食べました。
迫力に、びっくり!
とても美味しかったです![]()
長門市の旅館から、翌日は山口市に戻りながら、国宝の瑠璃光寺を観光。
ド迫力でした。
シロちゃんも観光客の学生さんなどに愛想を振りまきながらご機嫌でした。
無事に、というか少し時間的に焦りましたが、ガソリン給油を済ませて
レンタカーを2時ギリギリに返却出来ました。
新幹線での帰り、ONE PIECEのラッピング電車と遭遇しました。
また、いつか山口に行って、長門峡を見ようと思います。
場所にもよるでしょうが、まだまだペット可のホテルは少ないですね。
あったとしても、別棟やコテージ型などで、BBQスタイルが多いです。
普段、家族の料理を作っている主婦は、旅行に行ってまで
皆の肉焼いて、後片付けしたり、って・・・・無理だわ~![]()
では、では、いつか行ける日を夢見て・・・・








