次男と一緒に折り紙の本を見ていたときのこと。


工程は少ないのに(全38工程)、

なぜかページ数が多い作品があって、

次男がふと、首をかしげた。


(ちなみに普段制作してる作品は100〜200工程以内が多い。)


「工程が少ないのに、

5ページもある。どうしてだろう?」


その一言に、少し驚いた。


完成した形を見るとか、

難しそう・簡単そう、じゃなくて、

「工程」と「ページ数」の関係を見ている。


そんなところに目がいくんだなぁ、と。

おもしろい^^


多分、答えはひとつじゃない。

一工程を丁寧に分けているのかもしれないし、

向きや角度を変えて説明しているのかもしれない。


でも、この子が気にしたのは、

正解じゃなくて、

「なんでそうなっているのか」。


折り紙を折る前から、

もう“考える時間”が始まっている。


ただ作るんじゃなくて、

仕組みを見ようとしている感じがして、

なんだか静かにすごいなと思った。


こういう小さな「なんで?」も、

きっと今だけのもの。


幼稚園の年中さんくらいから、

次男の「なんで?」は、ぐっと増えた。


折り紙を見ていても、

完成した形より先に、

工程やページの並びに目がいったりする。


本人にとっては、

特別なことをしている感覚はなくて、

ただ、気になったから立ち止まっているだけなんだと思う。


今はもう、

そんな様子も見慣れてしまっていて、

日常の一部になっているけれど。


きっとあとから振り返ったら、

「あの頃だけの時間」だったと

分かる気がする。


考えたことを、

そのまま外に出して、

言葉にして、確かめて。


「なんで?」を声にしていた、この感じ。


成長したら、

考えなくなるわけじゃなくて、

きっと頭の中で完結するようになるだけ。


だから、

それが当たり前になる前の、この感じを忘れたくないなと思う。


今の次男の、この時間を。

そっと、ここに残しておく。