【実話】

「君が虹の橋に渡った翌日、夢で会えた」——お神輿を担ぐ犬たち

 

愛する我が子と「もう一度会いたい」
虹の橋へ見送ったあと、誰もが抱く想いではないでしょうか。

 

夢でもいいから会いたい

 

沢山の子たちを見送ってきた私ですが、

その思いは必ず届きますよ

ただ、夢で会うのにはちょっとしたコツもあります

 

それも含め、

実際にあったお話をします

 

私が夢で会えたのは、亡くなった翌日のことでした。
それは映画のワンシーンのような、鮮烈な夢。

 

真っ青な空の下、カラフルな花で飾られたお神輿。
たくさんのワンちゃんたちが二足歩行で「ワッショイ!ワッショイ!」と天へ担いでいく――


その先頭で誘導していたのは、

かつて共に暮らしたラウル君(ミニチュアダックス)。
ハチマキにハッピ、笛と扇子を持って、

誇らしげに“先導犬”として進んでいました。


そして、お神輿のいちばん上には、

前日に亡くなったスーちゃん(ミニチュアダックス)の

大きな写真が、花に囲まれて飾られていたのです。

壮絶な闘病の末に旅立ったスーちゃん。
「楽になってよかった」という安堵と、

押し寄せる喪失感に揺れていた私の心に、

その夢はそっと灯りをともしてくれました。

 

お友達や仲間に囲まれて天国に見送ってもらったんだね

朝起きて、

寂しさで苦しかったぎゅーっとした心が

ふわっと温かく軽くなっていました

 

後日、“あちらの世界が見える”という友人にこの夢を話すと、
「それ、ラウル君が『僕が見せたんだよ』って言ってるよ」 

と教えてくれました。


守護神のように頼もしい子だった夢で先導していたラウル君が、

私を寂しがらせないように、

そしてスーちゃんを迎えに行く姿を、

見せてくれたのだそうです。

 

「夢で会う方法」——ほんの少しの“手放す”勇気

“夢で会う方法”なんて、オカルトのように聞こえるかもしれません。
でも、悲しみに飲み込まれていた私が、

少しずつ腑に落ちていった「コツ」がありました。

  • 執着しすぎないこと(会いたいと強く思いすぎない)
  • 寂しさで引き止めないこと(この世に“縛らない”)
  • 心配をかけない強さを持つこと(少しずつ、自立の準備をする)

悲しみと笑顔が入り混じる時間を、

私たちはしばらく過ごすことになります。


でも、もし思い出を“悲しみだけの色”で包んでしまったら、

あの子たちは心配で自由に飛び回れないのだそうです。
 

彼らは従順で、ピュアで、やさしすぎるから。

だからこそ、
「一緒にいられて幸せだったよ。また会おうね」
 

そう涙の中にも

笑顔を混ぜて見送ることができた時、
彼らは軽やかに自由になり、

そして、夢でも“会いやすく”なる。
私は、そう信じています。

 

そう信じた時から、夢で会う回数も

頻度も多くなっていきました。

 

「寿命は決まって生まれてくる」——後悔のなかにある救い

どんな亡くなり方でも、後悔は残ります。
「あの時もっとこうしていたら…」
 

でも、寿命(命の長さ)は決まっていて、

私たちは“見送る役目”を果たす——
これは事実であり

人間も動物たちも

命あるものは寿命は決まっているのです。

 

だから後悔で自分を責めることは

あの子たちが一番望まない形であります。

亡くなる過程まで、

それぞれの物語があります。

 

闘病で延命を選び、最後まで頑張ってくれた子

突然、旅立ってしまったこ

 

どの物語でも

心の準備なんて

できるはずがないのです。

 

だからこそ、その喪失感と

少しの間、

私たちは生きる時間があります。

 

その時間

自分を責めることや後悔の時間にしないこと

 

これが最も大切で

あの子たちが 夢で会えるように

私たちが努力する唯一のことです。

 

次回は あの子との距離、実は「のれん一枚」について