今年の異常な暑さのせいか、野菜と果物が高い。

梨が好きで毎日食べたいぐらいなのに去年より

100円以上高くなってる。地域によって違うかもしれないけど。

自分の地域のスーパーのチラシ。

「変動が激しいから価格を掲載してません」てなんなの一体。

時価ってか。高級寿司屋じゃないんだから。

毎日梨を食べたいのに値段が高くて数日に1回になっている。

この時期に梨を食べまくるのが自分の生きる糧になってるのになんて年だ。

『梨を食べる』のが生きる糧なんておおげさな、と思う方がいるかもしれないが

自分の好きな言葉の一つに、

 

なんともしょーもない生きる糧であるが、

人生なんてものは概してしょーもないことの連続で成り立っているので

別にこれでいいのであった。

 

という言葉がある。

自分の心の中にある『私家版 格言集』の中でも上位に位置するぐらい好きな言葉だ。

大昔に鬱を再発した際、希死念慮が重くて自分でもヤバいかもと思った時期が

あったんだけどちょうど偶然読んだ音楽雑誌で、好きなアーティストが

数年ぶりに新作を出す予定・鋭意製作中という情報を目にして

「その新作を聞くまでは、それまでは生きていよう」と持ち直した経験がある。

 

太宰治(また太宰を引き合いに出してる…若いころ太宰にハマった弊害ですよ)

「葉」の出だしの有名な文:

死のうと思っていた。ことしの正月、よそから着物を一反もらった。
お年玉としてである。着物の布地は麻であった。
鼠色のこまかい縞目が織りこめられていた。これは夏に着る着物であろう。
夏まで生きていようと思った。

 

生きるなんて、そのぐらいのユルい力加減で十分だと思いますがね。

大きな夢や目標がある人や大事業にかかわってる人は意気込みも大きく

気合入った生き方をするのはわかるし当然だと思う。でも生きてる人全員

大きな夢を持ってたり大事業を背負ってるわけではないし

夢や目標がなければ人生生きるに値しないなんて偏屈な考えだ。

そんな暑苦しい世界わたしゃ嫌だよ。