選挙から見た「人の心理」 | AQUOSアニキの言いたい放題

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徒然なるままに俺自身のネタや、政治・社会ニュースへの辛口コメント、最近観た映画の感想とかを書き綴ります。

たまーにブログのデザイン変更とか自作ブログパーツを出したりします。「ムホホ~♪」

人を信じるって素晴らしい。

という風なメッセージを与えるドラマや映画は数多くある。高僧や聖人だってそう話すし、
大統領や王族、みんなが認めるヒーローだってそう話す。

・・・が、今回の選挙を通じて思ったことがある。果たしてそれだけか?と。
田中真紀子が落選してしまった。党を渡ったり大学認可の問題とか、お騒がせな物言いで
それが結果に出てしまった田中氏だが、行動はともかくとして、田中氏の話し方は個性があって
それなりに好きだった。あの個性っぷりは石原慎太郎にも通じるものがあるし、個人的に
そういう部分に魅かれ易いのかもしれない。そういう点だけで言えばちょっと残念だ。

・・・って、田中氏の話ではない。民主党の一年生議員の連中の話だ。
小泉チルドレンとか小沢ガールズだの、俺の知ってる限りでも素人がその時の風に乗って当選してしまった。
今回の選挙のキッカケとなった民主党の体たらくをみて、こう結論付けた人もいるんじゃなかろうか?
素人が政治に出しゃばるな、と。
確かに民主党の連中の、パフォーマンス優先の言動や、命令伝達の稚拙さとか、綱領もへったくれもない規律の無さは素人だからこそかもしれない。
サラリーマンから毛の生えたような連中だからああなったのかもしれない。
だから政治はプロに任せればよかったんだ、と考えるのも当たり前だろう。

だけどそうだろうか?という風にも考える。本当に国をどうにかしたくて立候補した民主党の一年生議員も居たはずだ。そういう風に燃えた気持ちを持って国政に来た人も居たはず。

人を信じるというのは反面で恐ろしい面を持つ。票という形で自分に集まる信用。信用は数となり、目の前に積み重なる。それに応えようとして、パフォーマンスに走る。繋ぎ止めたくて実行出来るかどうかを棚上げして発言を優先させる。信用を失いたくなくて金に走る。
「先生」と呼ばれる身分になって、彼らは初心を見失ったんじゃなかろうか。

落選した一年生議員は人生を狂わされたというのが大半だと思う。注目したのは、福田衣里子という落選した議員。直接は知らない。歳が近いからというのが注目した原因かな。薬害肝炎訴訟の原告団から、議員になったという経緯だけど、最初は国を変えたくて純粋な気持ちで民主党から立候補したんだと思う。
その後、ほとんど目立たなかったけれど、みどりの風に移って、未来の党に移って・・・という形でゴタゴタに遭って信用を無くした。小沢一郎に頼りすぎたんじゃないかなぁと思う。比例で最下位にリストアップされた時点で、当選の目はほとんど無くなったと言っていい。
議員になりたくて小沢に縋った連中が多い。でも端から見ればそんなことはどうでもいい。
他人を当てにした奴が悪い。政治家に必要なのは信念なのに、それを捨てた連中が落ちるのは当たり前。生き残った菅直人らも、ひっそりと議員人生を終えるだけになる。

だけどなんだろうな。小泉進次郎みたいに親父とは違う、なんとなくカッコよさと頼りがいを感じてしまう同世代の議員もいるのに、ああいう盲目的に保身にしか走らなかった一年生議員らは結果として何がしたかったのだろうか。今はそんな風な疑問しか残らない。

人を信じるという行為は、人を狂わせるという一面もある、という風に見えた今回の選挙だった。