「島流し」の一件から数時間前の出来事―。
「ネコバァ、本当にボクたちはオトモになれるの?」
「ああ、なれるともなれるとも!」
「やった!これでボクたちも兄ちゃんと同じオトモだ!」
「そうだね、お兄ちゃん!私、お兄ちゃんたちみたいになりたい!」
「ほっほっほ!ちょうど雇いたいっていうハンターも現れたからすぐにオトモになれるよ」
「やったぁ!ペパローニ兄ちゃん、びっくりするよねきっと!」
「そうよね、ペパ兄ちゃん、どんな顔するかなぁ?」
「さぁお前たち、ハンターさんがもうじき来るから、準備しておいで」
「「うん!」」
にこやかな笑顔で手を振って二人の兄妹を見送るネコバァ。そしてその背後にユクモカサの男が現れる。
「よくやった、ネコバァ」
その男は鋭い目つきで懐から札束のお金をネコバァに手渡す。
「ひぃ、ふぅ、みぃ・・・きっちり5万、二人分で仲介料10万いただいたわ。はいこれ領収書」
差し出された領収書を受け取り、男は唇を持ち上げる。
「ところであのハンターには何も知らせないでいいのかね?」
「ああ構わん。それで、この件に関しては他言一切無用でな」
「ああ、ああもちろんだとも、地獄の沙汰も金次第ってねぇ・・・」
「うむ。役目ご苦労。これからもよろしくな」
「あんたはいいカネづるだよ、ヒッヒッヒ」
立ち去っていくネコバァを尻目に、男は一人、含み笑いを浮かべる。
「ふっふっふ・・・」
「ペパ兄ちゃん!」「ペパお兄ちゃん!」
孤島から飛行船に戻ってきた僕を出迎えてくれたのは、他ならぬ弟妹だった。
「お、お前たち・・・どうしてこんなところに?」
弟妹が迎えに来てくれたのは嬉しかったのだが、遠い故郷にいたはずの僕の弟妹がユクモ村に来るなんて話は聞いていない。
「兄ちゃん兄ちゃん!こないだの、ニャンタークエスト、あったじゃん」
「あ、ああ・・・」
僕は思い返す。あのとき 、弟妹たちは渓流で無事にキノコ狩りだけで済んだはずだった。
「あのときの成果でネコバァさんがすごく驚いてくれてさ、僕たちをオトモにしてくれるって!これで僕たちも兄ちゃんと同じ、オトモだ!」
「・・・え?」
僕は何も聞いていない。純な弟妹たちは僕に憧れて単純にオトモになりたいと願ったのだろう。それはそれで嬉しいのだが・・・。
「それでね、それでねペパお兄ちゃん!あたしたちのけーやくきん、20万っていう大金で雇ってくれたの!兄ちゃんよりも高いって凄いよね!一人ずつで20万なんだよ!二人合わせて40万なんだ!」
オトモアイルーを雇うのに必要な金額は1000~1500程度。20万×2・・・高すぎる。
僕はその高すぎる金額を聞いてはっと後ろを振り向く。
背後に居たのは僕のご主人のハンター。ハンターは僕の表情を見て深い笑みを浮かべてニヤつく。
「ふっふっふ・・・」
「てめぇまさか!」
「・・・おい何言ってやがる。俺がいくら金あるからって、幼いアイルーを二匹、雇うほどヒマじゃねぇことくらいわかるだろ。俺はお前らの兄弟愛を叶えてやるほどヒマじゃねぇんだよ」
確かにその通りだ。僕はともかく、弟妹まで雇うことに計算高い凶悪な僕の主人にはメリットはほとんどない。
「お、戻ってきたか兄貴」
そう言いながら次に迎えに来たのは僕のご主人の弟さん。弟さんもハンターだ。凶悪な兄に対してこちらの弟さんは正々堂々、実直、正義感溢れる誠実な弟さんだ。
何がこの兄弟をここまで対照的にさせたのか、それはそれで気になるのだが・・・。
「おう、どうだ?俺の紹介のオトモは」
「う、うーん・・・この兄妹、幼すぎないか?小さすぎる気がするが・・・」
「ネコバァの推薦つきだ、太鼓判押してあるから大丈夫だって」
ポンポンと弟の肩を叩く兄のハンター。
そうして僕は事の全貌を知る。ようやく知っただろうタイミングを見計らって、僕のご主人は僕を一同から離れたところに引っ張る。
「・・・そういうことか、テメェ・・・」
この台詞を吐いたときの僕の表情は、おそらく弟妹は想像できないものだったろう。そしてその表情を見ても、僕のご主人は涼しい顔をしている。
「お前の想像通りよ、お前が何を考えていたのかは大体知ってる。契約金分を稼いで契約解除なんて狙ってたんだろうが―そうはいかなくなったな」
「あんな幼いアイルーにオトモなんて勤まるわけねーだろうが!」
「ネコバァのお墨付きだぞ?・・・ま、ネコバァも賄賂を払えばなんでもやるさ」
あんのババァ・・・どこまで強欲なんだ・・・。
「・・・んでだ。お前には選択肢があったわけだ。一つ、お前が10万稼いで契約解除すること。二つ、クエストの途中で事故に見せかけて俺を亡き者にすること。三つ、夜逃げする」
僕は三つ目の選択肢を聞いてハッとする。
「そ・・・その手があったにゃ・・・」
僕は両手を地面について絶望する。こんなことに気づかないなんて・・・。
「・・・お前気づいてなかったのか。まぁいいや。それを封じるために俺の弟に雇わせた。いわゆる人質・・・猫質だな。お前の弟妹はもちろん、俺の弟もこのことは知らん。ネコバァに問い詰めても知らぬ存ぜぬだな。契約金は俺が代わりに支払った。お前が貯めるべき金額は10万から50万にハネ上がったわけだ。ふっふっふ・・・」
「この外道ハンター・・・」
「まぁそう言うなよ。弟が討伐クエストにあんな小さい二匹連れてくわけないだろうが。ちゃんと採集とか平和なクエストをチョイスするだろう。それに―お前にはちゃんと別の手段は用意されてるだろうが」
ハッ、として僕は気づく。二つ目の選択肢が、まだ残っているのだ。
「どうして、二つ目の選択肢は潰さないにゃ・・・?」
「どうしてかって?俺にもわからんな。強いて言えば―」
へらっとした表情で外道ハンターは答える。
「ハンターは獲物を狙う。でもハンターを狙うのは何だ?・・・そう考えたら、こうしたほうが面白いだろ?」
一人と一匹が怪しげなやりとりを交わしているのを見つめて、ペパローニの同僚・大介がふと疑問を浮かべる。
「どうして僕のご主人はペパローニさんばかりこんな仕打ちを・・・?」
他のオトモも確かに破格の値段で雇われているのだが、1万だとか2万だとか比較的緩い。ペパローニだけが10万と跳ね上がっていたのだ。
さらに疑問は進む。
「おかしいんですよね。オトモって、普通ご主人の言うことを素直に忠実に聞くように教育されているはずなのに。でもペパさんはああして平然と逆らってる。他のオトモアイルーとは何か違うような・・・?」
―続く。