砂煙漂う中、知立 圭吾(ちりゅう けいご)は校門の前に立っていた。
今にも雷が落ちそうな暗雲が立ち込め、これから起こる嵐を予感させていた。
私立、獄門学園。このあたり一角のワルが集まる巣窟。
俺の親父が、ここの卒業生で、この学園を2年間シメていた。学園中の男子生徒総勢283人をフルボッコにし、教師も教頭・校長含めて32人シメた。その伝説は小さいころから聞かされてきた。もともと俺は別の高校にいたが、俺は入学後2ヶ月で2年も3年もシメた。やることがなくなった俺は、親父に直訴してこの地区最強と言われた学園に転校。
親父がこの学園をシメるまでに入学して1年かかった。俺は前の高校を2ヶ月でシメた。だったら俺はこの学園を1ヶ月、いや1週間でシメてやるぜ。
俺は校門をくぐる。俺は転入生。ヨソ者はナメられる。しょっぱなが大事だ。
俺はのし上がる気満々だった。まずは初日で、クラス上をシメる。
先公をシメて、クラスでトップのやつをシメる。外聞も何もねぇ。この拳1つで全部シメてやりゃいいんだ。
俺はワックスでツンツンに立てた髪を、両手でかきあげ、校内へと入っていく。
俺の初日は3限目からだと聞いていたが、そんなもん関係ねぇ。2限目で乱入して、教師もまとめてシメりゃいい。退学?そんなもん関係ねぇ。俺を退学になんてしようもんなら、そいつの家にまで乗り込んで修正してやる。
1年4組。ここだ。校内は静まり返り、まるで俺一人がいるかのような校内だった。
―?
妙だな。フツー、この手の高校は、廊下は壁にスプレーでバカでかい落書きがあったり、ガラス割れまくったり、座り込んでダベってたりするのが普通なんだが。廊下はピカピカ、ガラスだって新品みてーに傷1つ無い。
俺は教室に近づき、聞き耳を立てる。教室の中から教師の声が聞こえる。授業なんて形だけで、教室内はマージャンやってたりエロ本読んでたり、ぎゃーぎゃーわめいてるのが俺の日常だった。それが、何も聞こえない。教師の声以外、何も聞こえない。
違和感だらけだった。本当に獄門学園なのか、ここは。俺の日常とは違う現実がここにあった。俺はこれからシメてやろうという肉食獣めいた野生の闘争心よりも、むしろ背筋が冷たく感じた。何も無い。それがいっそう不気味だった。
ええい、関係ねぇ!何もねぇなら作ればいい!こっから先の日常は、俺の日常だ!ここにいるクラスの奴ら、全員シメてやるぜ!
「おらああああ!!!」
雄たけびをあげて気合を入れる。萎えかけていた闘争心が再び蘇る。
勢いよく扉を蹴飛ばす。嵌め込み型のドアは俺の渾身の蹴りでバタンと倒れる。
ドアについていたガラスは教室の床を飛び散った。
いつもの手だった。ドアを蹴飛ばし、派手に登場して呆気にとられた教室の中の連中を一気にシメる。ドアを蹴飛ばした後は作戦なんてねぇ。気にいらねぇ奴はシメりゃいいだけだ。
俺は教室に入ろうとした。いつもどおりなら、呆気にとられた顔が俺を見ているはずだ。この高揚感がたまんねぇ。くっくっく・・・。
ぴゅんっ!
不意に何かが風を切る。俺は身の危険を感じて、斜め後ろにのけぞる。
ガタタ~~ン。まるでスプリングがはじかれた音を立てて、何かが背後の壁に突き刺さる。
ダーツの矢だった。針の部分が、壁の奥まで突き刺さっている。ダーツって、そんな深々と刺さるもんだったっけ・・・?
斜め後ろにのけぞったせいか、俺の左頬に血が滴る。
教室をのぞくと、ダーツを投げた格好の、教師が立っていた。そいつは英語の教科書を持っていた。英語の教師らしい。テンガロンハットにイースタン風のジーンズ、インディアンスタイルのジャケット。いかにもな格好だった。
「ノックくらいしやがれ」
教師は睨み付け、俺のほうが呆気にとられた。こいつ・・・俺の頭を狙ってたよな・・・?
ぴゅんっ!ぴゅんぴゅんっ!
今度は3本のダーツが飛んできた。とんでもねぇ速さで、俺に向かって飛んでくる。またしても俺はのけぞり、かわす。今度は無傷だったが―。
ちっ、と舌打ちした上で、教師が「返事は?」と問いかける。
「先生」
一番前の席の女生徒が立ち上がる。普通の女子高生だった。黒くストレートにした髪型の、いかにもって感じの優等生然とした女生徒だった。
「授業中は日本語は禁止のはずですが・・・」
「Oh, sorrysorry. ―Hey!」
女生徒に指摘され、教師が謝罪する。
なにやら英語で話す授業らしいが、俺にはさっぱりわかんねぇ。とりあえず、出鼻はくじかれてしまった。
教室に入れと促され、俺は教室に入る。生徒たちを見渡すと、どいつもこいつも普通の高校生だった。ブレザーにセーラー服。髪を染めたりピアスを空けてるような奴もいねぇ。本当にここは獄門学園なのか?
空いている机に座れと促される。転校生が来るとは生徒たちも知っていたようで、生徒たちは平静を取り戻していた。
いきなりドアを破壊した乱入者が現れて、頭を狙ってダーツが飛んでくる騒ぎだというのに、生徒たちは気にも留めない。俺にはそれがとても奇妙だった。
教師が黒板に問題を書く。虫食いの部分を英単語で埋める問題らしい。
するとおもむろに教師が、教壇の上に備えてあったダーツの矢をとり―。
ぴゅんっ!他の生徒に向かって投げる。しかも頭部狙いだ。
生徒は別段、取り乱すこともなく―。
ぱしっ!生徒はダーツを受け止める。人差し指と中指を挟んで、だ。
生徒もまた、ダーツをぴゅんっ!と投げ返す。教師は顔面に迫ったダーツをこれまた同じように受け止める。
生徒は何事もなかったかのように立ち上がり、問題に回答する。
グッド、と教師が応える。
そしてそんなダーツを使った、問題と回答のやりとりが生徒ほぼ全員で繰り広げられていた。・・・俺以外。
授業の終了時間が迫った最後の問題。さっき教師に指摘した女生徒にダーツが投げられる。もちろん頭部狙い。
ぱしっ。平然と女生徒は受け止める。圧巻だったのは受け止め方だった。ダーツの針が眼球ギリギリに迫った状態で受け止めていたのだ。しかも受け止めた箇所は、他の連中がダーツの柄の部分だったのに対し、女生徒はダーツの羽の部分。羽の一枚を指で挟んで受け止めている。そしてダーツを持ち直し、教師に投げ返す。
すっくと立ち上がり、見事な発音で回答する。
キーンコーンカーンコーン・・・。
授業終了のベルが鳴り響く。日本語禁止の空気と、あまりの非日常さに呆気にとられた俺は、ようやく安堵の息を漏らす。
「い・・・いったいなんなんだよここはぁ!?」
「ふーん、君、知立クンって言うんだ」
さっきの優等生が俺に話しかけてくる。
俺が今まで相手にしていたワルどもとこいつらは、あまりにも次元が違いすぎる。
いったい・・・この学園は何なんだ!?
疑問はいくつも浮かんできたが、手近なところから質問する。
「あ、あのよぉ、ここって男子校じゃなかったか?」
「ああ、去年から共学になったわよ。方針転換ってやつで、今じゃ全国模試で県内総合トップ100位を全員ウチで占めるようになったけど?」
「えーっと・・・ワルの巣窟だったんじゃないの?」
「それ・・・何年前の話?ここ数年、成績が軒並み上がってるわよ、ココ。それに、建て替えがあってほとんど新築だしね」
「さっきの・・・授業だけど・・・」
「ああ、刈谷先生?ダーツが趣味の先生よ。あの人の趣味でああいう授業になってるけど何か?」
何か?って・・・。フツーじゃないだろ明らかに。
外はすっかりと嵐の様相を呈していた。雷鳴まで轟かせている。
普通、こういう雷が鳴ると女子は大概怖がるもんだが、このクラスのどの生徒もビビることなく平然としている。
「あ・・・あのさ、お前らって・・・いったい何?」
「変な質問ね?獄門高校の、フツーの高校生だけど?」
キーンコーンカーンコーン・・・。
授業開始のベルが鳴り響く。次の授業は・・・数学だった。
このクラスの担任の、いかにもキツそうなメガネをかけた女性教師が入ってくる。
入ってくるなり、ドアの惨状に驚く。
「あらあら。誰がやったの?」
生徒の視線が俺に向けられるが、俺はあえて無視した。ここでもナメられるわけにはいかない。
なんとなく察したのか、教師は教室内に入り、ドアの前に立つ。
―?
何をする気だ?
「ハッ!!」
教師はいきなり吼え、ハイヒールのかかとでドアのしたのパネルの床を踏みつける。
パネルが宙を浮く。それに伴って、ドアも宙に浮く。
「はぁっ!!」
ドアに向かって放たれた回し蹴りは、そのまま吹き飛ばされ―。本来あった場所に、ドア枠がぴたりと収まった。
宙に浮いた床のパネルは、ぴたりともとの場所に収まる。
俺は確信した。
「勝てるわけねぇ・・・」
それが俺の、これから始まるハチャメチャな学園生活の転校初日だった―。