文章力対決【恋愛編】 | AQUOSアニキの言いたい放題

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徒然なるままに俺自身のネタや、政治・社会ニュースへの辛口コメント、最近観た映画の感想とかを書き綴ります。

たまーにブログのデザイン変更とか自作ブログパーツを出したりします。「ムホホ~♪」

『君とももうお別れか』

曽江 孝(そうえ たかし)はそう呟いた。美術商だった祖父のコレクションだった一枚の絵が、孝の前に飾られていた。この絵が、孝を美術の世界に招いたキッカケだった。

真昼の庭を映す窓を背に、腰掛けた女性の絵。純白のワンピースで黒髪の丸顔。にこやかな笑顔でこちらを見る視線が印象的だった。タイトルは不明。作成年代も不明だが、祖父もこの絵を気に入っていた為、売りには出されなかった。

孝もまた、この絵の女性の笑顔に心惹かれていた。孝が中学生に入ったばかりの頃、この絵を初めて見た。絵描きになって、こんな絵を描きたい。一目でそう心に決めた。そして学校の美術部に入部した。絵は描いたことはほとんど無かったが、そのうち美術の世界にのめり込むようになった。高校生のときは休日には寝食を忘れて絵を描きつづけた。女性を複写した絵も、何十枚と積み重なった。この女性がどんな人物だったのか、いつ生まれたのか、興味を持ったが調べようとはしなかった。知らないからこそ面白い。知らないからこそ良いのだ。孝はそう考えた。

複写は何十枚と積み重なったが、あの瞳だけは表現することは出来なかった。あの瞳から受ける印象、感情を孝が描いた絵ではどうしても満足に表現出来なかった。

あの絵から離れたくなくて、孝は祖父の仕事を手伝うことにした。祖父からは絵の保存方法を厳しく指導された。祖父なりの強いこだわりがあったのだ。祖父が扱っている絵は、どれも孝のお気に入りだった。
祖父は厳しい人だったが、それでも苦にはならなかった。

しかし祖父が逝ってしまったことで、状況が一変する。祖父の後を継ぎたかったが、父が事業に失敗。多額の借金を抱え、祖父のコレクションを競売に出すことになったのだ。父とは大喧嘩した。自分の聖域を侵されたようで嫌だった。

哀しみにくれて、あの絵の彼女の前で何日も涙を流した。そうして彼女も競売に出された。あの絵自体は美術的な価値はほとんど無い。入札が無いことを祈ったが、入札されてしまった。孝は入札した人物を知らなかったが、彼女を奪う入札者を恨んだ。

数日後、入札者が引き取りにこのアトリエに来ることになった。気持ちの整理をつけて、今、こうして彼女と最後の会話をしているのだ。そして孝は、彼女との別れと共に、自身の美術の旅も終えよう、そう思っていた。

廊下から足音が聞こえる。入札者がやってくる。彼女を奪われた哀しみをぶつけてやろうか。自分がどれだけ彼女を大事にしてきたか、恨み言でも言ってやろうか。それともどうか彼女を大事にしてあげてくれと嘆願するのか。孝の腹は決まらなかった。

どんな一言を発してやればいいのか決まらないままドアが開く。

『……………えっ?』

孝の一言めがそれだった。彼女と瓜二つだったのだ。いや、どことなく違っているのはわかったが、それでも受ける印象が同じだった。

『こんにちは。入札者の咲野 華奈(さきの かな)』です。孝と同世代の女の子だった。

作成年代はおよそ50年以上は経過しているはずだった。孝はおそるおそる問い掛ける。『あの、咲野さんはあの絵の人物の…』

『はい、あの絵は、おばあちゃんの絵なんです。私のおじいちゃんが描いた絵だったんですが、戦時中に行方不明になって。そして、曽江さんのところで発見して落札したんです。おじいちゃんから複製の絵は見せてもらったんだけど、どうしてもあの目だけは表現出来なかった。あの絵が儂の心残りだ、そう言い残して昨年逝ってしまったんです』

祖父は絵描きではなかったが、この絵に何か特別なものを感じたのだろう。終生売却することは無かった。そしてこの子のおじいちゃんも、自分が描いた絵以上の思い入れがあった。
そして孝自身も…。

『あの、お願いがあるんです』
『なんでしょうか?』
『この絵の保存作業を、僕に任せてくれませんか?腕は確かなんです!祖父から教わりました!絶対に劣化させません!』
初対面の華奈は少し思案した風に見せた。それからにっこりと笑う。言葉以上の熱意を感じとったのだろう。
『ええ、お願いします。私は絵のことはほとんど出来ないし、業者にお願いするつもりでしたから』
『それから、お願いがもう1つ…』
『…?』
『華奈さんの絵を描かせてもらえませんか?』

あの彼女の瞳は、真似ることなど出来なかった。当然だ。二人の男が特別な思いで作成し、特別な思いでそれを残してきたのだ。

でも、目の前の彼女の目は、きっと僕の手で描いてみせる。孝は強くそう思った。

数日後。目の前のモデルに、孝は集中する。モデルはこちらを見て微笑んでいる。孝は鉛筆を手に取る。いや、心の中では一度折った筆を再び手に取った。今度こそ描く。目の前の瞳は、間違いなく僕の傑作にする。どれだけかかるかわからないが、僕だけが描ける瞳にしてみせる。僕は下書きのラフを入れ始めた。見る見るうちにイメージが沸いてくる。あの絵は手放してしまったけど、僕はもっと大事なものを手に入れることが出来たようで、それが心底嬉しかった。

さらにその1週間後。ふたたび華奈さんにモデルに来てもらうことになった。ロケーションも万全、念入りに準備をしてとりかかる。いつ華奈さんが来るのか、それがすごく待ち遠しかった。


そして1本の電話が鳴る。邪魔をされたようで少しげんなりする。受話器をとり、電話の相手と話す。


「もしもし、曽江です」

「もしもし、咲野と申しますが」

・・・咲野さん?でも、声がしゃがれている。おばあさんだろうか?華奈さんではないようだ。

「あの、何か?」

電話の主は、おろおろとした様子でなかなか答えない。・・・ただならぬ事態を予感する。

「華奈が、ついさっき交通事故で・・・○×病院に搬送されて・・・」

僕は受話器をそのまま落とす。受話器からの声はもう何も聞こえない。空間がぐるぐる回る。視点が定まらない。僕は呆然として、立ち尽くしていた・・・。。


(完)