【現代版】人間失格 | AQUOSアニキの言いたい放題

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徒然なるままに俺自身のネタや、政治・社会ニュースへの辛口コメント、最近観た映画の感想とかを書き綴ります。

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『恥の多い生涯でした…』だったと思う。そこから始まる太宰治の『人間失格』。実は原作を読んだことは無いのだが、それでもこのタイトルは、俺に思い当たるところを突き刺してくる。

思えば、そう。色々な人達を見てきた。虚栄心と見栄だらけで先見の明を感じない実業家。男についていくだけで自分の考えを持たぬ女。金だけで男を物差しで測る女。その女に捨てられたにも関わらず許そうとする心が広い『だけ』の男。体よく他人に扱われ、高い料金のセミナーだか講演会だかに参加して、話を聞いて満足した気でいて、実践が無くいつまでも成長できぬ男。
建前だらけの理屈と言い訳で言葉を並べる虚弱な男。その言葉を疑いもなく信じる男。
嘘と偽りで多勢を騙した政治家。その政治家を信じた人々。

俺は思ったんだ。コイツらと同じ撤は踏まないと。コイツらは他人を盲信したからあんな風になった。俺は自分で考えて、納得出来るまで考える。
そう簡単に信じたりはしない。単純に信じるからあんな目に遭うんだ。

…そう思っていたわけだ。正直に言おう。見下していた。簡単に他人の言葉に振り回されるなんて愚かしい。盲信することがどれだけ自分の存在を薄く扱われるか、まるで分かっていない。そんな風に思っていた。
だけどさ、今の俺って、損することが多いんだ。自分の考えが受け入れられない。誤りがあるのは仕方ない。誤っても考えを出すことが大事なんだ。自分で考えることは自分の存在を確認することにも繋がる。そう思っていた。だけど、他人は誤りばかりを論(あげつら)う。馬鹿にされ、扱いづらい奴のように位置付けられ、だんだん辛くなった。

俺は『人間失格』なのか?やってきたこと、考えてることが無価値で、何も持たない、何も持てない、何も与えられない。理解も何も得られない、それって人間らしいのか?

そう簡単には信じない。そういう風に生きるのは、実は何も考えずに盲信するのと同じように、ラクな生き方だった。

他人の欠点を言うのは簡単だ。ああだこうだと言えばいい。それと同じだ。他人を信じないなら、信じない材料さえ用意すればいい。
そうなんだ。実は簡単で、ラクで甘えた生き方だった。

でも、そう簡単に盲信も出来ない。無個性で、目の前にある"What"を信じて、"Why"にまで考えが及ばない生き方など出来るものか。Whyがあるからこそ、自分の存在を色濃くすることが出来る。

盲信にしろ、疑心暗鬼にしろ、どっちもラクで甘えた生き方だ。どっちつかず。矛盾した考え方だが、これが最も人間足る資格を持った生き方なのだと、そう思うようにした。