
それはそれでいいとして。
鏡の前で笑う。ニヤリとしたり、ドヤ顔をしたり。
ブログでも自分の顔写真を載せたことがあるけど、一番好きなのは、馬鹿笑いをしたときだ。でもこれは、作った笑顔じゃダメ。
自然体で、腹の底から笑い声を出したいとき。だから鏡の前では作れない。
お笑い芸人の芸をみたとき、いや、しょうもない動画を見たときでも、大笑いはするけど、ここまで心の底から笑うことは無い。
そう、機嫌が悪いときも、落ち込んでるときも、スッと良くなってしまう。そんな笑顔だ。
お笑い芸人の芸も要らない。単純にありふれた会話で、ほんの少しだけ打ち解けられたら。それだけで笑える。
いつ頃だろうか。日常的にいつも笑えなくなったのは。ときどきそういう馬鹿笑いをするけど、滅多に笑うことは無くなった。
笑う機会が減ると、生きているのがつまらなく感じる。生きていても、何があるんだろうと空虚な気持ちになる。
だからといって、他人から笑え笑えと、表面だけのペラい励ましや言葉をもらってもなんにもならない。
他人から受け取る言葉よりも、自分で気づくほうが大事なことなのだ。
他人から受け取る説教や励ましなど、所詮言葉通りの価値以上のものは見出だせない。その価値以上に、自分が自分の肌で感じたもののほうがよほど価値がある。
こんなことを言うと、やはり俺は馬鹿なのか。まぁいい。馬鹿は馬鹿なりに価値を見出だせるさ。