タイトルに書いてあるとおりなのだが、
男の友情とは、他人に見せびらかすものではない。
男とは、かくも主義主張が異なるし、美学も異なる。
調和を大事に、仲間意識を大事にする野郎もいる。
俺見たいに、ライバルとして見ていながらも、
心の奥で認めながら友情を作ろうとする奴もいる。
他人を否定しながらも、自分の思ったことを真っ当に貫き通す野郎もいる。
元々は本来、ぶつかりあったり、共感したりを繰り返さなければ
友情は構築できない。
そういった過程でところどころ傷がありながらも認めあうのが
友情というものだと思う。
それがさも、傷一つ無いようなダイヤモンドのように光って見えるような、
友情話を聞かされると、俺は茶番のように見えてしまう。
お互いが遠慮しあっておだてあっているだけじゃないのかと思える。
男が本当に困っているのなら本心から素直な気持ちで
打ちとけあえば良い。
余計な修飾などいらない。
友情とは、さも刃物のようなものだと思う。
人間は、周りの人間、肉親にも兄弟にも、全てに心で刃物を向けている。
刃物で切られれば傷つく。
ときには、修復が不可能なほど傷がつくこともあるだろう。
だがしかし、自分の身に傷がつけば、自力で回復しようとするし、
回復した身は、切られる前よりも強くなる。
刃物は、傷つければ刃こぼれをする。
研ぎなおすことは出来ない刃。
傷つけ続け、もう傷をつけることができないくらい刃こぼれをしたときに、
堅い友情が構築されるのではないだろうか。
こんな例え話、いくらでも作れるが、
とにかく俺は、さもキレイごとばかり並べ立てて、他人にひけらかす友情は、
本当の友情ではないと思う。
ま、そんな話を記事にしたかった、そんだけ。
