引用元:(時事通信)暴力団幹部ら3人再逮捕=元琴光喜関に1億要求―恐喝未遂容疑・警視庁
(http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20100822-00000048-jij-soci
)
この記事について辛口にコメントするので、あえて承知していただきたい。
まずは一言。
「こんなもの、日本が誇る国技でもなんでもない」
バッサリと書かせていただくが、はっきり言ってイイカゲンすぎる。
暴力団と癒着したり、寄り合い人事だの密談だの、果ては稽古と称した殺人だの、
賭博だの恐喝だの、ドロドロの泥沼の歴史をただ単に何百年とやってきただけじゃないか。
ボロボロと見せたくないペンキが剥がれるように、相撲界の不祥事がここにきて頻発している。
1000年以上もの歴史がそうさせたのかもしれないが、ヤクザと癒着したり、
八百長したり、賭博したり、殺人まで犯してるじゃないか。
こんなものを国技だと言えるのか?
そりゃあプロ野球だって八百長だの賭博だのはあったさ。
でも、構造の問題はあるけど、ここにきて色々楽しめる部分も工夫してきている。
相撲はなんだ?勝ち星欲しさに八百長なんて日常茶飯事、健全とは思えない稽古、
カネでやり取りして作られる番付、一度八百長が発覚すれば、他の勝負も全てが嘘っぱちに見えて
しまうのがわからないのだろうか?
こういう黒い部分を見てしまうと、昔報道されていたものを思い出してしまう。
高校野球で、どうみても球児たちの教育には関係ない慣習があったのをご存知だろうか?
金属バットで殴りつける暴力行為や、何時間も正座を押し付ける罰則、
「罰ゲーム」と称して下級生をイジメる行為。
試合中ミスをしたというだけで無理やり退部させられるような「部内ルール」。
しかも、全てを取り仕切る監督がこれを容認していたという話だってある。
歴史というのモノはひたすら長く続けばいいというものではない。
わけのわからない罰則や、目的とは全然関係のない習慣や伝統がどれだけ
人間の思想をゆがめるのかわからないのだろうか?
人間の健全な精神を歪めなければ続かないような歴史や伝統ならば、
それはもはや「誇りある歴史」とは言わない。ただの悪習だ。
名古屋場所の開催にしても周囲は甘やかしすぎる。
相撲協会の役員全てを一新させ、組織の健全化が図れるまで、
今後一切の大相撲開催を中止すればよい。
関取たちの給与も出さない。バイトでもさせればよい。
それくらい自分達に置かれた立場というものを身にしみて
分からせればいいのだ。
国技だから?歴史が長いから?などと甘やかしては伝統も腐ってしまう。
高校野球の悪しき慣習もそうだが、健全な改革を求めたい。

