私の母は、専業主婦だ。

父が会社をやっていることもあって
母は家にいるのが当たり前だった。




いつも家には母がいた。

朝は母が食事を用意し、
私たちはそれを食べ、仕事や学校へ出かけた。

食べた食器もそのままで。
戸締まりを気にすることもなく、
ただ自分たちのことだけ考えて、でかければよかった。


帰ってくると、私たちの服や下着や、タオルがきれいに洗濯され
きちんとクローゼットにしまってあった。


ときどき(といってもかなりの頻度で)
母の手作りのお菓子やケーキがあった。

私たちはおやつにそれを食べた。


家の中はいつもきれいだった。
家の周りの庭にも、季節の草花が植えられ
きちんと手入れされていた。


夕食は、栄養のバランスがよく
手作りのものばかりで
インスタント食品やできあいのお総菜なんてあまり見かけなかった。

外食も、特別なときの特別な食事に出かけるくらいで
普段使いのお気軽な外食は、することがなかった。


主婦の鏡のような母だった。
子供と夫を全身で愛する母だった。





父は、とても優しく、思いやりがあって
子煩悩なよい父だった。

仕事の関係で、半分くらい家にいなかったが
家にいるときは全力で家族を楽しませてくれた。

私は父が大好きだった。
今でも、父とふたりで買い物へも行くし、お酒を飲んだりもする。
そんな父だ。


父は、家のことは完全に母に任せていた。

任せていたから、一切口出しもしない。
子供のことを除いては。

それが父の母への信頼の証であり、
妻であり母であり、主婦という職業の母への、
最高の尊敬の表現だったのだと思う。




いつもそんな父と母がそばにいた。
生まれたときから、ずっと。





外で頑張る父と

家で頑張る母。




私はこの家族の形しか知らない。





ふと思うのだ。


私は、どんな妻になり

どんな母になるのだろうと。





私は、結婚しても仕事を続けている。

大企業でばりばり、というのではないが

地方の中堅企業で、秘書兼広報として、
それなりにやりがいのある仕事をしている。


もし子供ができても、
産休&育休をとったあと、復帰したいと思ってる。





しかし、
仕事をしながら子供を育てる、という生活が
一体どういうものなのか、

想像がつかない。


私はその生活を、その家族の形を、その愛の形を、
知らないのだ。





私のそばには常に母がいた。

朝昼夜、ずっと母が一緒だった。

幼稚園以降も、家に帰ると母がいた。



もし、私が仕事を続けていたなら。


それでも、子供はたくましく育つのだろう。
一緒にいる時間を、全身全霊をかけて愛してあげれば
子供には伝わるだろう。
親子とはそういうものだと思う。
血のつながりとは、それほどに強いものだと信じている。


だけど

私は外で働く母親像というのを、知らない。
そんな母親のいる家族の形を、知らない。
想像がつかない。


そんな家族が
どんな風に子供を育て、
どんな風に家事をして
どんな風に暮らしているのか。

自分がどうすればいいのか、わからない。





正直、迷うのだ。



私は、母が家にいてくれて、幸せだった。
私は、この父と子の母に育てられて、幸せだと思っているから

どこかで、
自分もこんな母でありたいと思っているのではないだろうか。
こんな家庭を幸せだと思っているのではないだろうか。




幸せはスタイルではない。形ではない。
夫婦も、親子も、家庭も、子育ても、形ではない。



母親が家にいるから、子供は必ず幸せになれるのではない。
母親が家にいないから、子供が必ず幸せなのでもない。

何が正しくて、何が間違っているわけでもなければ
何がよくて、何が悪いわけでもない。


要は、その人の問題だ。




だんなさんは、仕事を続けてもやめてもどちらでもいいと言っている。
だんなさんは、私の仕事のことも理解して、認めてくれている。
私の父と違って、家事も手伝ってくれる。


私は今のところ、仕事を続けるつもりでいる。






だけど、迷いがある。

ふんぎりがつかない。



まだ子供を作る気はしばらくないが、

果たして、どうなるのか。



私は、子供ができても仕事を続けるべきか、否か。

この問題は、答えが出ない・・・・・。