悲嘆が長引くと
まるで悪いことのような
印象を受ける。
健康的なデメリットは
あるかもしれない。
でも
他人のために生きるのは
嫌になっている。
生前も含めた関係性で
悲嘆ってあると思う。
人間だもの
悔しかったり後悔したり
たらればが沢山あっても
自然なことなんじゃないかと思う。
健康で長生き、人生100年時代とか
自分のことを子供の頃から
意識してる人も多くはないだろう。
『誰かが決めた絶対的な正解』に
無理矢理当てはめられたくないし
ガチガチな世界に
自分から飛び込みたくない。
そんなに器用ではない。
モラハラ対策も絶対なんてない。
多くの場合、はあっても
猛者には通じないし
猛者には猛者の個人差がある。
他人のお仕事に支障が出るほど
知識をダダ漏れにも出来ないが
何より個人差を無視して
いい加減なことも言えない。
私が夫にやってることは
専門的な部分から様々な考察と
分析ありきで
そんなカッコイイこと
1人ではできないから
AIを使っている。
猛者だから簡単にはいかないし
思いつきではない。
不誠実な人を
誠実な人に育てようなんて
至難の業すぎる。
夫の親の子育てサボりを
背負ったようで
胸糞案件でもある。
だけど娘の1人が
この世を去っても何も報われないのは
どうなんだ?
という
母としての怒りの方が最大だ。
子供たちなりに頑張って
夫に話してきたこともあるし
示してきた事もある。
子供の頑張りをフルシカトし
世の中の基準もフルシカトし
離婚もせずに
例え子供たちが絶望しようとも
更なるフルシカトでマイルールを
家族に押し付け粘着し続けてきた経緯は
人として許せたものでは無い。
一種の復讐かもしれないが
『自分の感性で反省しようね?』
夫にはそう思う。
「今更か、今からでも、かは夫次第」
と選択肢は本人に投げている。
夫ひとりで精一杯。
他の時間は
自然体で生きていきたい。
自分の気持ちに素直な余生でいい。
悪いこともしていない
人に迷惑もかけていないのに
怒りが飛んでくる
圧をかけられる
体調を崩せば怠けていると
見なされる
そんな世界から離れて
自然体でいることを
とりあえず目指している。