いわゆる親が毒親で

子供が他界しても…っていう

境遇の方のブログを拝読して

やっとそう思えます。


親なんだから

子供なんだからとか

そういう範疇にいないのです。


人間関係でいうと

絶対許せない人に尽くせと

言われてるようなものです。


絶対許せない人だからこそ

顔も見たくない。


恨みはあれど

どんな内容であれ

近況さえ知りたくない。



次女が生きていたら

そこまで思わなかったと思う。


でも孫が亡くなった事でさえ

ネタのように扱い

人を利用する姿を見てそれはない。


お通夜で

遺族席に座られた時も

「この人たち遺族なんだ?」って

初めて気がついたくらい。


そしてしれっと

遺族席にいる事さえ許せなかった。


特に母は絶対どころじゃなく

許せない。



夫に本気で考えてそう思うのか?

と問うた時

何かに気がついたようだった。


私はこの家が家族関係が

検査しなくてもわかるほど

夫より遥かに低IQな人達に

潰された悔し涙しか未だに出ない


と夫に伝えた。


そう言ったところで

貴方が本気でそれについて

考えるかは知らんけど、と。


他責思考の夫は夫で

絶対許せない度か高いはずなのに

よくそんな妻と暮らせるな?と

言った。



私一人だけが

次女が亡くなった事を本気で捉え

経緯から本気で考える日々は

もうウンザリ。


本気で考えて

長生きは損、な環境だ。



私と次女だけが

本気で考えて生きてきた。


今じゃ、ぼっち。



他人の大嘘は

まるで生きてるかのように

ひとり歩きをし続ける。


孤立感あって当たり前

孤独感あって当たり前


悪質な人しか残ってない。



「環境が悪い」という言葉が

次女の遺言のようになってしまった。



憎まれっ子世に憚る、はリアルだ。


なんの反省もなく

人のせいにしてしれっと

何も無かったかのように生きている

絶対許せない人たち。



絶対許せない人に

どんな手を使われようとも

尽くす日なんて来る訳ないと

夫に伝えた。