コントロール出来ません。


月替わりとか

月命日が近くなると

特に酷い気がする。


防衛本能的には

逃げろコラなんだろうけど


この世から逃げるしかないって

わかってんのかコラと

逆に言いたくなるが

防衛本能と会話は出来ない。


精神安定剤頓服でも

抑えられない。



というか、薬で抑えないで

苦しめ自分と思う私もいる。


次女には何の薬も処方されず

こうやって苦しんだのだろうと思うと

私も経験するべきだと

自罰的な考えが発動する。


愛がゆえ。


私はある部分が

とても不器用だから

愛がゆえ、も理論的には

認知の歪みだ。


歪んでていい。



次女の写真を振り返ると

私と二人きりの時の写真以外

笑顔が引きつっている。


特に私の実家の写真はひどい。


そんな事さえ気付かずに

人間関係より戸籍重視で動いた

過去の自分を殴りたい。


有害な人、という概念が

勉強するまでなかった。


「みんな同じ人間だから」と

何度も言い聞かせられて育ったから

有害な人という括りがなかった。


今なら多くの事が

してあげられるのにと

悔しさが募る。


意地悪な人達から

守れなかったことに

悔しくて気が狂いそうな時もある。



トラウマ、フラッシュバックが

強く起きるようになってから

長生きしたくないと強く思う。


私が子供の頃から時折湧いていた

言語化できなくて医師にも

かつて相談できなかった感覚は

『疎外感』『孤立感』だ。


仲間はずれにされた訳ではなく

本来あるべき環境の欠片もなく

クラスメイトと共通点がなかった。


次女にも似たような想いを

させてしまったのだろう。


子供であれは大人よりキツイ。



生まれた時仮死状態だったのに

何で息を吹き返したんだ?と

自分に腹が立つ。


サバイバルの始まりだっただけだ。


兄弟とは出会えて良かったが

未だに親には苦労してるだけだ。


エゴ人間が親だと

エゴ人間を見抜いて関わらない

という実力が足りない。


完全に遮断して

生きてこれたら良かったのに

そしたら子供に教えられたのにと

後悔は尽きない。


私は自分が嫌いだ。