ふと、そう思いました。

 

全然正直じゃない。

無理して来たな。と。

 

否定され続けて半世紀

のような人生だったから

かもしれません。

 

 

人間関係だから

家族だろうが親戚だろうが

感じていることはありました。

 

だけど、自分の気持ちに蓋をして

無理矢理頑張ってしまいました。

 

 

「神は乗り越えられない試練は与えない」

とか「God's plan」とか

そんな言葉にも流されました。

 

自分がそれについてどう思うのか?を

いつも隠して来ました。

 

お陰で負荷ばっか。

チョモランマなチリツモ?状態です。

 

入信はしていなかったけど

キリスト教にいつかはと思っていて

そんなことを

次女が亡くなるまでやってました。

 

 

次女が亡くなって仏教と出逢い

「え?意外とリアル?」と

その訓えにに驚きました。

 

どっちかっていうと

「人間だもの」に近くて衝撃。

 

 

私の実家は仏教で檀家ですし

かつて母は

お寺にあしげく通っていたので

(きっと茶菓子狙い)

知っていたはずなことばかりです。

 

なんにも

生かされてねーし(真顔)。

 

 

次女が亡くなってから

時代が違えば出家していただろうと

よく思いました。

 

我が家のお坊さんのお寺は

めちゃくちゃ遠くて

「気軽にどうぞ」

「みなさん結構勝手に上がってますよ。笑」

と言ってくださいましたけど

まだ一度も行った事がありません。

 

秋までには

行ってみたいなと思っていますが

いかんせん私は数分しか

運転出来なくなってしまったので

足が遠のいています。

 

近くにもお坊さんはいるんですけど

私のお気に入りのお坊さんなのと

お寺が移転予定なのだそうで

遠いままお世話になっています。

 

 

自分の気持ちに正直になるなら

お寺にも早く行ってみたいけど

ほぼ引きこもりには

ハードルが高すぎる...えーん