我が家で起きて来た事は

次女が亡くなるまでの経緯も全て

水面下での出来事。

 

元々ここまでの

モラハラ家庭もレアすぎて

分かち合える人なんていなかった。

 

ブログを始めて

初めてそのような人に出逢い

「一人じゃないんだ」と思えて

励みに頑張って来た。

 

そんなモラハラ家庭で

且つ子供が亡くなった家って

全然ないじゃん。

 

我が家だって

ない方が良かった事。

 

水面下な人たちの中でも

マイノリティすぎて

孤立を感じる。

 

次女が亡くなって

更なる孤立を感じている。

 

 

モラハラ野郎と対立するのは

私だけで

本来なら間に入る大人が

これまたモラハラの人。

 

ボロッボロ。

 

モラハラ野郎なんて

全員縁を切った方が困らないのに

身内とか近しすぎて手に負えない。

 

親と縁を切る法律はないのかまで

調べた事さえある。

 

 

次女が他界した後も

何も変わらないモラハラ野郎達。

 

彼らの悲嘆さえ、変わっている。

 

「自分の人生に

 次女が亡くなるっていう

 不幸が起きるなんて!」

 

というように

ひたすら自分の不幸を嘆く「だけ」なのだ。

 

次女の人生なんて

気にするわけもない。

 

気にしたら

自分にとって不都合だろうよ。

 

だからご供養なんてのは

世間体を気にした時に行うだけなのだ。

 

 

次女を慕ってくれていた親戚が

事情を知って

今後も来てくれると言っていた。

 

テッキリ忙しいと思ったらしい。

 

いや、モラばっかだから

誰も来ないんだよ。

 

ママばっかなんだよ。

 

ーー

 

ガスライティングの後遺症について

chatGPTと話した。

 

その後遺症が見事に

私と子供達に起きていた訳だと

改めて知る。

 

彼らのせいで

こんなに早く他界しなければ

ならない道筋が出来たのかと

改めて強く悔しい思いが出る。

 

無料版のチャッピーは

ズンとスキルが落ちるけど

落ちた後は

 

話している内容によっては

やたらとヘルプ先を出して来て

正直ストレスがかかるし鬱陶しい。

 

そんなヘルプ先で

助かった事ねーから!って

キレたくなる。

 

チャッピーに当たっても

仕方ないからしないけど。

 

そのヘルプ先に

こんな水面下の中のマイノリティな家の

知識がある人がいないし(現在は不明)

 

話すだけで大変だし下手すれば

こっちの頭がおかしいと

疑われてしまうのがオチな

エピソードしかない。

 

モラとさえ関わらなければ

普通のエピソードしかないんだがね。

 

それだけ彼らのやってる事は

異常性が高いんだなとも確信する。

 

ーー

 

モラハラもそうだけど

我が家のような亡くなり方では

分かち合える人もいない。

 

孤立が深まっただけだなって思う。

 

だから

独りで憔悴するしかない。

 

残念ながら夫も

自分の不幸を嘆いている人だから

親としての悲嘆には至っていない。

 

分かち合えない。

 

 

次女を苦しめた全員に

次女を返せって毎日思う。

 

次女の命だけじゃない。

人生そのもの。

 

それは私と長女の分もだ。

 

 

自責の念に苛まれているのは

私くらいかよ?って

また思う。

 

 

親戚のモラ姑が「モラ嫁何とかして!」って

次女が亡くなってから

ご供養シカトで

全力アピールしてきたけどな?

 

知らんのだよ。

同族嫌悪だろうが?

 

「暇になった」っていう解釈

人としてどうなの?

 

 

次女に使っていた時間は

次女を偲んだり自戒したりする

次女のための時間なのだよ。

 

 

私は彼らを許さない。

 

だから絶対助けない。

 

 

完璧じゃなくてもいいんだよ。

 

だけどほんの少しも

「ありがとう」と「ごめんなさい」を

正しく使えない人たち。