体力的にもミニマムな日々。
「本当はやった方がいいんだろうな」は
よく思いつきますが
何よりも気が向かなくて行えません。
個人的には
「あの世にも続きがあるんじゃないか?」
くらいの事は考えていて
警戒心も同時にあります。
次女が生前の頃の
「やってみたいこと」は
「本当はやった方がいいんだろうな」と
思いますが
それより何より
あの世に続きがあったら
強烈な人たちから今度こそ次女を守りたくて
結局、そっち界隈の
知識をつける事を選んでしまいます。
実際はどうなのか
行ってみないとわからないんですけどね。
人間関係は
少しずつですが以前とは違う方向性に
なって来ました。
知識を増やす事で
私の行動も変わります。
そんな生活をしていたら
YouTubeにハリウッドセレブの動画が
オススメで出て来て
久々にフランクな状態の
アメリカ英語を聞きました。
欧米、アジア某国の経験がありますが
私はアメリカが一番しっくり来ましたので
懐かしく感じました。
トラウマと同じくらいの強さで
アメリカでの良い経験が残っています。
ネイティブになりたいと思いつつ
勉強どころじゃなかったけど
ぼっちが死別では
今やそんな元気も湧いて来ず。
私の中は
憔悴、後悔、悔しさ、私と子供達を
苦しめて来た人たちへの怒り、が
大半を締めているなと自分に思います。
「知識が間に合わなかった」という
強い自責の念もあり
心理学、時々脳科学系ばかり
知識をつけようとしてしまいます。
元々、好きじゃなかったから
今も楽しいとかはないんですけど
必要性を感じるのも変わらずです。
突然やってきた
「じめっと感」で
もう一つ除湿機があった方が
いいのでは?と悩む時期だなと思いました。
今までは家の中のカビを気にして
そのように悩みましたが
今は次女の遺骨にカビを生やすものかと
躍起になって湿度管理をずっとしています。
とりあえず
エアコンを自力掃除して(毎回自力)
エアコンの除湿機能を使ってみるも
やっぱり威力が弱いです。
ぼっちでありぼっちでもないので
ほぼ次女にフォーカスしているのも
それは母だものって感じだし
体力がミニマムなのも
身体が持たない程ハードに生きて来たから
人体だものって感じだし
自然に任せようと
思う私がいます。
亡くなった我が子に
ご飯を用意するのが仏飯であることは
今でも慣れる事が出来ず辛いです。