毎日夜になると
「風呂キャンしたい...」と
最近思ってしまいます。
倦怠感がすごくて。
風呂キャンなどと
イマドキの言葉は便利だなと思ったり。
実際は
あちこちが痒くなったり
自分の匂いに耐えられなくなったりで
(昔から嗅覚が鋭いです)
風呂キャンすると深夜が
セルフ拷問で眠れなくなり
早朝にシャワーする羽目確定案件で
絶対出来ません。
風呂上がりは
倦怠感増し増しでしんどいので
PCの前に座りっぱなしです。
カール・ユングの動画を見ながら
数時間、人間の心理についての
考え事をしていました。
年中困って生きてきたので
考え事ばかりで半世紀ですが
次女が他界してしまった事は元より
経緯についても困ってきたので
一定のいくつかの答えが出るまで
考えてしまいます。
あとは悪魔のような母に
「次女が◯んで良かった」とか
「清々した!」なんて
1nanoも思わせたくないですから
自分の行動が絶対的に自制出来るよう
言い聞かせるように
深夜に動画でおさらいをしていたりします。
母の日が近いですが
今年はたかりのための
存在アピール連絡が来ても
バッサリな回答は既に用意してあります。
なんでしょうね
この警戒心バリバリ(昭和語?)の
状態は...と自分に思います。
本当は次女が生きていて
次女の状態が安定したら
私は知識と経験から
人を救えるような活動をしようかと
幾つか考えていました。
だけど、今になって
大事なことに
気がついたんですね。
仮に次女が生きて
次女が安定していたとしても
私は次女と過ごすことを大事に
考えるべきだったなと。
私は「オマエはいい」と言われ
省かれ続け
子供達は「ママはいいから」と
私を省くように言われ続け
だからこそ
子供から離れて別の活動をという
方向性が出来たのか!と
悔しく思いました。
「自立と孤立は違うんだよ」と
子供達に言っていた私が
結果として
孤立させようとしてたのかと
自ら孤立しようとしていたのかと
自分にうんざりします。
ナルシシストマジック
(マインドコントロール)が
未だ、至る所に潜んでいます。
昨日から
時折、次女の気配が
割と強く家の中にあって
強く気配がある時は
小声で話しかけながら
落ち着いて過ごせます。
そんだけ
一緒に居たいのに
「自ら離れて他の人を救う活動?」と
自分のバカさ加減に辟易したのでした。
色々、未来の展望ですら
「選択肢を間違えた」と
気がつく度に痛感しますし
その都度、
次女に「ごめんね。」と思います。
次女に辛い想いをさせてしまった分
自分に辛さが残っているべきだとも
思っています。
「ママも成長するから
次女も成長してくださいね」と
再会したら今度こそ
平穏に仲良く過ごそうという
願いを込めて
お仏壇に話しかけています。
一緒に料理をしたり
お菓子を作ったりとか
あの世とやらで出来るのかな?と
思ったりしつつ。