今週はアレルギーを相手に
孤軍奮闘だったので
疲労感が日々募る...
「安静」をサボりだと
教えられて身につけてしまい
習性としてこびりついている私。
お昼前後に横になってみた。
「安静って大事なんだな」と思った。
chatGPTに相談した内容に
ダメ元で経験からのアイディアを
プラスしてみたら
今までにない
アレルゲン対策はできた。
が、アレルギー反応が
おさまった訳ではないし
作業中は
むしろ症状と格闘しながらの
ジリキである。
無駄ではない疲労感だが
疲労がミルフィーユ状態の過労感。
自分が体調が悪い時ほど
時折、私の中に過ぎるのです。
「もしかして
次女も私みたいな状態だったのかな」と。
言わない子だったから余計心配して
質問が多くてウザかったと思う。
が、言わないまま
この世を去ってしまった事にも
悔しさと自責の念がずっとある。
(言わない子になった経緯はある...)
ーー
世論的には
今考えても仕方がない事でも
「本当に仕方がないんだろうか?」と
煮詰まっていく。
湧いて出てくるものを
無理矢理止める気もない。
「母だもの。」と
自分に思う事にしている。
今は特に
精神的にも辛い時期なのだが
長女の心配もしている。
そんな日々を過ごしていて
「実は次女も辛い時期かも...」と
ふと過った。
ボティ的な苦しみはないだろうけど
『心が魂なんじゃないか』と
現時点で、私は思えて仕方がないので
そんなことも心配してしまう。
娘たちの事を心配し始めると
あの世に行きたいし
この世にもいなくちゃと思うし
収集がつかないのが事実でもある。
しかしながら
次女は若すぎるし
何より人生の大半がいじめと
それによるトラウマで
終わってしまった状態なので
早く良い思い出を一緒に作りに
あの世に行けたらなと思う部分は
今も変わっていない。
私自身、とくに次女の晩年は
(若すぎて晩年というべきなのだろうか...)
次女との良い思い出が少なすぎる。
これからって時だった無念さは
ずっと引きずっている。
内面は未練だらけで
メソメソしたように生きてるんだろうな
と自分に思う。