グリーフケア界隈では
「これ以上離れたくない!」
的な気持ちを
愛じゃなくて
執着っていうんだろうな...
という
考え方の展開が
私には受け入れられない。
愛でいいじゃん![]()
と思っている(あくまで自己満)。
だから「ケア」はいらない。
今でも次女が生きていたら
「懐かしいね〜!」と
シェアした会話になりそうな
グッズを見るだけで
強いショックが訪れる。
自律神経が波のように荒ぶったまま
一生を終えるんだろうな
と時々思う。
結局、治らなかったな....と。
自分の人生には
とっくに絶望しかしていないので
今更不幸を嘆いてはいない。
早く次女のところに行きたいし
どう考えても
あの世の方が環境がいいだろう?
と思っている私がいるので
「開運!」「人生を変えよう!」系には
精神的に拒絶反応を感じる。
「克服!」とかは、更に無理。
ただ、
本来あるべき
善いご縁は持っておきたい。
ーー
私の親は
私が生きている限り
感情のゴミ箱(いじめのターゲット)
メシア(因果応報専属救世主)
のような存在として
私に執着してくるだろう。
そして
年中、私に死んで欲しいのが母親
っていうのは
この歳になるとひたすら気持ち悪い。
親からの執着を考えた時
グリーフケア界隈の執着って
愛だからいいじゃんと余計に思う。
私の母なら
私の死はグリーフではなく
「悦び」だろうから
能天気にハツラツとしていそうだ。
愛って大事。