夫にバレンタインの
クッキーを渡したら
買って来たものだと思ったらしい。
不器用な表現ながら
嬉しかったのか
即バッグに入れたようだった。
家にあるものでラッピングしたら
手先不器用で悪戦苦闘したものの
「意外とお店に売ってるっぽい感じ?」と
自画自賛レベルで
可愛く出来上がったので
次女のお仏壇にも!と
再度不器用な手先に苦戦しながら
何とか出来た
自画自賛ラッピングの
クッキーが置いてある。
ほぼ引きこもりで
自律神経が暴れる時間が多いが
ラッピングをした後
本来の自分、を感じた。
元々、派手なことも好きじゃないし
はしゃぐのは今でも苦手だし
静かな子だった。
「次女は私に似ているな」
と小さい頃からよく思っていた。
次女のことをかつて
ナチュラリストだと思っていた私。
それを思い出して
次女が私に似ているなら
私にも合うのでは?と思い立ち
少しずつ家の中の物も
ナチュラリスト風(我流)に
変えて行っている。
「夫に似ていない部分は
私に似ているのだろう」
と、改めて思い
次女を思い出して実践してみようと
試み中でもある。
夫が協力してくれるようになり
まな板を買い直すときに
「木のまな板にしたら?」と
言って来た。
木のまな板は重いイメージがあったし
カビまみれの実家のまな板の
イメージがこびりついていて
使った事がなかった。
今は手に力が入りにくいので
重い物から軽い物に
買い替え時は変えて行っている。
夫が「これ、軽いよ?」と
木のまな板を渡してくれたのだが
本当に軽くてびっくりした!
実家のまな板の話をしたら
「でも、ルナは大事に綺麗に使うから
違うんじゃないの?」と
夫に言われて気がついた。
そうだ、私、母と違うんだ![]()
反面教師でキッチンの衛生面は
神経質なくらい。
そんな夫のお陰で
人生で初めて木のまな板をゲットし
今の所、綺麗なままである。
とても使いやすくて
もっと早く使いたかったくらいだ。
海外(某国)の洗剤って
普通にお酢が入ってたよな?と
思い出して
体質的に
むせてしまうクエン酸水もやめた。
酢は匂いが苦手だけど
むせなくなった。
そういう小さい変化を
少しずつ重ねて
本来の自分、らしさが出てる場所が
少しずつ増えて来ている。
次女の遺影が
嬉しそうな顔に見える事がある。
嬉しいのかな。
次女ならほっこりと嬉しいよね。
そう思うと
私が落ち着く時間も少し増える。
外に出ると
夫と居ても自律神経は荒波だが
家の中にいると
少し落ち着く場所が
少しずつ出来ている気がする。
夫に「妻を自由にしたら?」
と言ってみたのが
キッカケだが
夫は夫でハッとしたのだろう。
それから協力的だ。
昔から
マルチにDIYもやったりするが
本当はしんどいし
ほぼ、やりたくない。
父はDIYが好きだったけど
単身赴任でいなかった。
クソババァから
父の作業は私の仕事として
強いられて育った。
そんな因果で
DIYもそこそこ出来る。
次女のことを振り返ると
私にも
「ちまちました事を
やって過ごしたい」という
願望があった事を思い出した。
私の場合自分は
母にディスられて罵られて卑下されて
諦めるしかなかった事を
今になって、だが
次女を思い出しながら、なら
やれるのかもしれないと思った。
自分では
育ちで仕込まれたマルチ活動を
制御出来なくて
気がつくのは
超体調が悪くなった時
と言う話をしたら
気がつくように声をかけてくれた。
夫は自分がDIYの部分はやろうと
思ってくれたようだ。
夫もDIYは強要された分野だから
避けて来たと思っているが
(妻に押し付けるのは違うと思う)
稀にやると
「うまっ!」と思って来た。
夫も残りの人生は
頑張って
何とか次女に会いたいのだなと
言葉だけではなく伝わってくる。
「頑張り中」と一言だけ
言った夫から、次女を思い出した。
次女が同じこと言ってたよ。
ーー
グリーフケアって
「我が家的には
こういう事なのかもしれない」
と思いました。
健忘録も兼ねております。
お読み頂き
ありがとうございます。