毎日考える時間だけは

沢山あって...というより

 

結婚してからずっと

何かをしていても並行して

考えてばかり来たなと思った。

 

まぁ、つまり

困っていたんだ...

 

そんな事さえ言語化する

余裕もなかった。

 

 

最近

次、次女と再会したら

今度こそ!幸せに過ごすんだ!

と思っている自分がいる。

 

もう世間で言う「あの世」にしか

幸せになれる場所が見出せない。

次女がいないとね。

 

唯一の希望。

 

 

私を救ってくれた医師が

最後にかけてくれた言葉が

「今度こそ!幸せになるよう

 祈っていますよ!」

だった。

 

が、しかし

夫の実家が近くなったことで

更なる生き地獄が

待っていただけだった。

 

それでも医師の言葉を励みに

何年も頑張って来たけど

次女は他界してしまった。

 

 

片付けていた時

まだ病む前の次女が

お小遣いを溜めて私に買ってくれた

アームウォーマーが出て来た。

 

「ごめんね、やっぱり

 大事過ぎて使えない...」と

そっと元に戻した。

 

私は子供達から何かをもらうと

オタクのように

綺麗なまま保管しようとしてきた。

 

亡くなる少し前

次女にもらったキーホルダーを

滅多に使わないケースにつけて

使っていたのを次女が見つけて

「使ってくれてありがとう!」

と言った。

 

次女は使って欲しかったんだ!

気づいたアホな私。

 

基本、何をもらっても

大事過ぎて使えないのだ。

 

次女が他界してから

そんな話を長女とした時に

「私とママはオタクすぎるんだよ!」

と言われて納得した。

 

 

親からいじめられて育つと

そういう事が本当にピンとこない。

 

母だけでなく父も

散々たかって来たものでさえ

いざ手にすると

「使わない言い訳」ばかり

聞くハメになって

 

たかり成功の記念品として

放置されるのだ。

 

もう、犯罪心理学とか

必要レベルだろ!と思う。

 

 

「それは流石に酷くない?」と

言おうものなら

究極の卑下が始まるの繰り返し

しか経験した事がない。

 

だから長女には

次女が亡くなってから

使ってもらった方が嬉しいとか

全然分かってなくてごめんね

と言った。

 

娘たちは

私や夫の親が『アレ』なので

一定の理解はしていた

初めて聞いた。

 

でも我慢させちゃったよね、と。

 

 

毒親と言われても

仕方ないよなと思うし

該当する部分もあっただろう。

 

私は自分から逃げない。

 

ーー

 

私は人並み以上の『罪悪感』を

感じるように育てられている

知識上は把握していたが

 

ある一件を通して痛感した。

 

あの実家家族で

ソコで罪悪感感じるの

私だけじゃね?と気がついた。

 

サーカスの芸みたいに

仕込まれてるえーん

 

兄弟も次女も

タイプは似ているのだが

「一生懸命になりすぎるからこそ

 私に体調を話さなかったのかな」

と今になって思う。

 

あの親だけが

ご満悦だったなと。

 

 

かつての夫も妻ばかりか

子供の持病など

気にする親じゃなかったから

 

私だけが活躍するのは

わかりきっていて

兄弟も次女も

それが嫌だったのかもしれない。

 

 

俯瞰的って大事だなと

つくづく思う。

 

書いていて涙は流れてくるが

気持ちがグチャグチャすぎて

なんの涙かわからない。

 

ーー

 

私は残りの余生は

意地悪やいじめのない環境で

静かに過ごして人生を終わりたい

という想いが強くなっている。

 

そして、それが

どんな生活だったか

次女に教えてあげたいし

 

次こそ!次女と一緒に

ほっこりして、和んで、と

生きていた時は続かなかった

幸せな時間を過ごしたい。

 

Happy ever after. って感じに。