次女にとっても

私にとっても

辛い思い出、苦しい想い出を

思い出すものを

片付けようと思うようになりました。

(遺品ではありません)

 

このアイテムを見て

次女が思い出しても

辛いよなとか苦しいよな、と

共通する部分を買い替えたり

お掃除したりしています。

 

本当に少しずつですが。

 

以前なら

家の中から次女の指紋でも

量子でも何かの粉でさえ残っていて

減ったら嫌だなっていう想いが強くて

お掃除出来なかった所もお掃除しました。

 

お互いにとって

本当はほっこりした想い出も沢山あるのに

キツイ思い出ばかりが

蘇っても良くないと思いました。

 

私は次女とだから、やり取り出来た

温かい方の想い出を大事にしたいなと。

 

ーー

 

次女の他界を機に

人間関係も色々吐露された気がします。

 

今年中にお礼するべきはして

人間関係も終わる人と続く人に

分けようと思いました。

 

私は次女の他界で

突然子育てが終わり

 

孫もいませんから

長女が自立している今

「余生」でしかありません。

(ブログのタイトルの意味)

 

人の痛みが分かる人と

繋がっていたいなと思いました。

 

ーー

 

常に「助っ人」として

半世紀以上人生を送ってしまいました。

 

そうなるように

悪質な大人たちに他の事は

潰されまくった

という経緯はありきですが

 

こうやってぼっちになると

『自分一人の人生』っていうのが無くて

突然やってきたそんな日が

希死念慮を生みます。

 

 

辛い時に見る動画みたいなタイトルの

仏教系の動画を見たのですが

「辛い時は

 ただ生きているだけでもいい」

と仏教の教えがあるのかと

少し安堵しました。

 

散々ディスられて来た

私の発言は

結構仏教の教えとも一致していて

少しホッとします。

 

 

私の連日のセンスのない夢だけで

起きた時すでに

自律神経はやられまくりだし

 

実のところは

「辛い時は

 ただ生きているだけでもいい」

という事さえ、とても辛いです。

 

 

次女が他界してからも

毒母から頭に植え付けられた事が

頭から抜けなくて

絶望のどん底って感じがして

希死念慮が湧いた時

 

たまたま長女からLINEが来て

何とかやり過ごせました。

 

 

まずは家の中を、少しずつ。