子供が亡くなり
一気に老けるのも悲嘆反応
だそうですが
私がソレなんだと思う。
夫が脱毛を気にしてくれて
買い物に付き合ってくれたけど
髪質は改善されても
相変わらずドッサリ抜ける。
薄毛まっしぐらなら
ハゲ散らす前に逝きたい。
肌にハリ艶もなくなり
次女の他界と共に
若さが亡くなった感じがする。
相変わらず
頭の中だけが考え事で多忙すぎて
誰とも話していないのに平気だ。
若い頃好きだったアーティストが
当時の姿で夢に出て来て
兄弟のように過ごす夢を見て
「今日の夢はセンスある」と
少し思ったのに
寝直したら
また母が出て来て最悪だった。
「まるで私の人生のようだな」
と思った。
少しでも良い事があれば
倍以上の悪い事が起こされる。
--
瀬戸内寂聴さんの
音声動画を見る事が増えて
染みる年頃になったのかと思った。
次女が亡くなってから暫くして
初めて寂聴さんの本を読んだ。
酷すぎる母に知識でもつけばと
貸してみたが
きっと『借りパク』。
過去にしつこく言われた本も
貸したら借りパクされてる。
寂聴さんの本は
「人間性のカケラでも持てよ」と思い
借りパクされるつもりで渡した。
読んでないか
読んでいたとしても
見下し目線で「へー」くらいだろう。
そして他人に偉そうに話す時に
寂聴さんの言葉をパクるんだろうなと
後から思った。
そんな瀬戸内寂聴さんが
世の中には『悪縁』もあると
仰っていてHow toの説明に
納得してしまった。
私の母そのものじゃないか...
次女が生きている時に
こういう事を知っておくべきだった
と後悔しながら知っていく。
心理学の前につけるべき知識だった。
今のような夫になるまで
次女が他界してからずっと
「せめて自分にできる事」くらい
考えてください!と何度も言った。
夫にその言葉が
やっと届いたのかもしれない。
私はせめて
次に次女と過ごす時は
『寛大な母』になっていたいのだ。
毎日お仏壇には
しょーもない事を言ってる気がする。
次女のツッコミが欲しかったり
クスッと笑って貰いたかったり。
せめて今出来る事、は
私にはとりあえずそれくらい。
誰にも言えない終活大掃除は
毎日行っている。
前日よりマシだが
また小さくしくじっている。
キッチンペーパーの
ロール二つのうち
一つにお茶をこぼし
一つを水の中に落とした。
もうキッチンペーパーとしては
使えない...。
その後
レトルトソースを開封していたのに
逆さまに持って
ぶちまけてしまったので
ダメにしてしまったキッチンペーパーで
拭き取った。
「しくじった時用」にする事にした。
一つのことに
以前の何倍も時間がかかる。
老化なのか
衰弱なのか知らんけど
長生きしないお知らせなら
快く受け入れられると自分に思う。
夫の方が私より生きてくれないと
私には更なる悲劇が降り注ぐのは
目に見えてるから
夫の健康はいつも考えている。
人が他界する度に
水を得た魚のように悪質さと
巧妙さと周りを騙す力が上がる
あの母親より短命でいたい。