次女が他界して真っ先に
お悔やみの品を送ってくれた友人2人に
やっとお礼のお品を送りました。
「気にしなくてもいいよ」と
温かい言葉を頂いていたけど
お礼がしたくて時が過ぎすぎ
なんてこったい!半年以上
余裕で過ぎている!(心の嘆き)
本当は手紙を添えて送りたかったけど
来年になっても手紙を書けるか
自信がなくネットでポチッとしました。
少しホッとしたのも束の間。
また襲ってくる
母からの呪いのような
「人と仲良くする暇があるなら○ね!」
みたいな攻撃。
これだけでも
もう生きているのがつくづく
嫌になります。
今年おそらく一番
気持ち的にお世話になった叔父には
上記理由で送る事が出来ず。
お歳暮にした方がいいかな、とか。
ーー
特殊なお掃除で
難航している場所が一箇所ある。
力も余り入らないから
回数をこなすしかない。
「そろそろ終盤に入りたい」と
思っていたら疲れてしまって
久々に夕方に横になった。
そして
「私は何故生きてこれたのか?」と
考えてみたけど
私の原動力は親や親戚や
スネ夫だった夫も含めた
モラ達への『怒り』だったと思う。
他人のメンタルを
ボロボロにするのは簡単だと思う。
だけど
一度ボロボロになった人は
回復するのに
どれだけのしんどい努力と歳月を
必要とすると思ってるんだ?という怒り。
悪質な大人に
因果応報が起きない怒り。
因果応報に即効性があれば
悪質な事など続けられないのに。
次女が亡くなってから
長女のことも気になったし
親には似たような事を
キツめに言った日がある。
父は少し理解したが
母は私に言われた瞬間
私に言われた『仕返し』を
考えていたと思う。
母にとって私は娘ではなく
「オマエ」であり「女」。
そして、次女は孫ではなく
「アンタに似たアレ」とかの
ポジションなんだと痛感した。
私から怒りが抜けたら
朽ち果てるんだろうなと思うけど
朽ち果てたいなと思う。
私は長年をかけて
毒母から毒られる事が
体質のようになっているようで
自分の力で阻止出来るとも
もう思えなくなった。
毒母の演技力に騙される人は
今でもいるし
今は『そうではない人』もいる。
『そうではない人』は
次女の他界を期に
少しずつ気づいた人だと思う。
精神疾患などは無関係で
個人の感想で「頭がおかしい」と
言われることにも疲れてしまった。
私の寿命には
そろそろフェイドアウトして欲しい。
次女には
寂しい想いをさせ続けてしまった。
早く会いに行きたい。
ーー
カウンセラーの方からの
いいね、フォローは要りません。
資格は持ってます。
毒親と仲良くなりたくないですし
上手くいきたくもありません。
理論にも疲れました。