毒母の吐き出しです。

苦手な方はスルーされてください。

 

ーー

 

私の大切な物は捨てられ

大切な人とは双方に嘘を吐かれ

疎遠にされて来た。

 

それは子供達とて同様に。

 

他人から褒められれば

「どうせお世辞」と言われ続け

「魂胆があるから褒められる」と言われ

信じてしまった私は

 

褒められた時に

何と返していいのか分からなくなり

「褒めても何も出ないですよ〜」と

笑顔で返す子供になっていた。

 

強要ばかりされ

やりたくない事だらけの

中学生活で発狂しそうなストレスを抱え

身体に支障をきたし絶対安静の

寝たきり入院スレスレの通院をした事がある。

 

毒母は死に直結する病名を

私に告げた。(大嘘)

 

 

やりたくない事であれど

功績はそこそこ残していた私は

塾とは無縁で進学校に行った。

 

学歴コンプレックスのある毒母から

3年間惨めになるように仕向けられた。

 

 

身バレする部分は端折るけど

『嫉妬=仕返し』の連続で

学生時代を終え、今も続いている。

 

 

夫と結婚した時もそう。

「なんでオマエなんかが

 夫のような人と!!」

と思ったのだろう。

 

夫に嘘をつき私に嘘をつき。

 

夫の父親も夫に行っていたのを

後から知るも変な信ぴょう性が出て

夫は騙され、時すでに遅し。

 

夫の父親も同様に

息子に嫉妬の塊だったのだろう。

 

 

毒母は

既に海外から生還している私に

「アンタは海外に行きたいくせに

 英語も勉強しないのか!」と

突然なじって来た。(意味不明)

 

当時、長女の幼児期である。

 

毒母はその頃、夫に惚れていたと思う。

 

昭和のモテない女の勘違いの典型例で

夫が毒母の荷物を持ってあげたのが

キッカケだろう。

 

夫は「気持ち悪い」と言って

相手にしなかったが

毒母の中ではエスカレートしていた。

 

「アンタと私が入れ替わればいいって

 父が言ってた」

と大嘘をつかれた。

 

流石に父に確認しようか?と思ったけど

父の顔を見た瞬間、余りにひどい嘘すぎて

口を開く事が出来なかった。

 

 

母の部屋から

英語を勉強する声が聞こえた。

 

吐き気を催す気持ち悪さと

What is your name? からかい...と

彼女の語学力の無さを知った。

 

夫に話したら

「海外生活自体

 あの人に出来る訳ないでしょ」と

鼻で笑って一蹴していたけど

夫の知らない所でその執念深さは続いた。

 

 

毒母が緊急入院した時

その気持ち悪さを更に再体験した。

「誰にでもわかる〇〇」みたいな

タイトルの夫の仕事業界の本とか

見た瞬間吐きそうだった。

 

悪いけど母の頭脳で把握出来るような

仕事ではない。

 

長く妻をやっている私とて

どこまで把握出来ているかは

謎の専門ジャンルである。

 

そういう事も私に死んで欲しい位の

嫉妬を産んでいるのだろう。

 

 

元々は目上の方から可愛がって頂き

ペットを飼えばなついてくれて

子供が生まれたら「ママぁ(ハート)」と

二人とも甘えて来て良好な関係だった。

 

私の全てが嫉妬なんだと思う。

 

長女が小さい頃は祖父が生きていたから

何とかなったのかもしれない。

 

祖父が私を

過剰なほど心配してくれていたのは

毒母をよく知っていたからなのだろう。

 

 

それではなくとも

言語化をすると

「オマエが楽しむことに

 金と時間を使う暇があったら

 私に使え!」という脳内の人だ。

 

 

一時期は美容整形まで

たかられた事がある。

 

古希間際の婆さんから

峰不二子風に

「やだぁ〜お肌にシワがぁ〜」

とか言われたのはトラウマである。

 

手入れなんか何もしてないから

他の人よりシワが多い。

 

ダメ元で何でもたかってくる。

 

知らねーよ。

 

 

私が毒母を嫌いすぎて

偏見に満ちているのかと

毒母の良い所を考えてみたが『無』。

 

年中、欺瞞に満ちている。


次女が他界してから遠回しに

ケチをつけられる回数が増えた。

攻撃性が上がっただけ。


でも、最近は

きっと複数人が止めてくれていて

連絡が来ていない。(感謝)


ーー

 

26年ぶりに逮捕された

某ニュースを見ていて犯人の事が

毒母と被って色々思い出してしまった。

 

犯人が捕まるまで

25年も犯行現場の家を借り続けた

旦那様がすごいなって思った。

すごいという言葉は不適切かもしれない。

 

何と言う言葉を出したらいいのか

わからないけれど

ご遺族に少しでも平穏が訪れて欲しいと

個人的に願っている。

 

同時に捕まった犯人に

因果応報が訪れる事を願っている。

 

 

かなり前の放送だが

海外の宗教を取材した録画を観た時

「生きる心の支え」という言葉があった。

 

私には無いな、と思った。

 

「最後の支えは次女の存在だったな」と

改めて思った。


早く会いたい。

 

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いつも長くてすみません。

お読み頂いている方に感謝。