吐き出し込みです。

苦手な方はスルーされてください。

 

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気力が少しずつ減っている。

 

出来る事なら丸一日

布団から出ないで居たいと

思う日がある。

 

丸一日出なかったら

深夜に覚醒するのかなとか

考えるので仕方なく起きる。

 

毒親育ちなので

元々自分のために生きるって

よくわからなかった。

 

チビ、ブス、デブ、

オマエになんて無理、

 

そういう言葉を親から事あるごとに

かけられて大きくなったのが私だ。

 

「少なくとも今はデブとは言えまい」

とふと思った。

 

 

以前と違って

今は薬を飲むのも

嫌になって来ている。

 

体感として役に立ってるのは

動悸を抑える薬だなと思う。

 

 

起きた時

回転性のめまいがしていたが

収まってから気を紛らわすため

また特殊な掃除を始めた。

 

時々、何をしていいのか

わからなくて

脳がボケて来たのかと思った。

 

 

頭の中は私と次女の

人生の振り返りや多々の後悔で

忙しい。

 

今まさに

新婚の子供夫婦をいびっている

我が毒母にそっくりな親戚を思い出す。

 

このまま行けば

我が家の二の舞になるのではと

勝手に心配してみたり。

 

 

そんな中で気がついた。

 

私は小学生の頃に

引きずり回されてフルボッコにされた

ある日、毒母に言った事を覚えている。

 

「ママみたいな大人には

 絶対ならない!」と。

 

そのレスポンスは

思いっきり見下し目線で

「オマエも私のような大人になるさ!」

と言って思いっきりの高笑い。

 

「呪いか?」って今でも思っている。

 

そんなエピソード一つ

なかなか信じてもらえる話ではないが

 

私はあの日から今日に至るまで

『あの人のような大人にも

 母親にもならない』

という想いを1日も欠かす事なく

ずっと持ち続けていた。

 

だけど。

 

「そんな事考えながら生きてる人って

 そこいらじゅうには居ないよな」

と気がついた。

 

でも、DNA発動みたいになったら

怖いからきっと一生そう考えるんだろうな。

 

 

毒母の癇癪狂気な日々を送っていた

小学生時代、たまたま

すれ違った後輩に声をかけた。

 

腕がアザまみれだったから

「大丈夫?」と。

恥ずかしそうに隠していた。

 

その日の深夜、

その子は虐待で命を失った。

 

ものすごいショックだった。

 

私はその日に毒母に言われて

虐待とは殺人なんだなと思い込んだ。

 

 

大人になってから気がついたのは

私の母は直接手をかけないだけで

自死を望み続けているって事。

 

夫の父親も私に

そうして欲しがっていたので

利害が一致して影で繋がっていても

おかしくない二人だなとは思っていた。

 

悪い事をする大人は

バレる人の存在が邪魔だから

死んだら清清するんだろうな」と思う。

 

 

私が飼っていた猫は

母の性格をよく知っていたなと思う。

 

普段は母に懐いているんだけど

母にバレたらヤバい事は

私を呼びに来ていた。

 

ヤンチャな猫だったけど賢くて

父は可愛がっていたし

猫が他界してから

父の方が落ち込んでいた。

 

毒母はリアルに清清していた。

息を引き取る寸前にも

遠回しに「早よ死ね」って言っていた。

 

 

『因果応報は子や孫に』って

本当だなと今更ながら痛感する。

 

次女に関しては

「どのタイミングで

 どのように接していたら

 ここまでに至らなかったのか?」と

よく考える。

 

 

毒母には『人間性』がなくて

あるのは私利私欲だけである。

 

「役に立たないなら死ね

なんだと思う。

 

 

天罰も子供や孫に至るのだろうか。

 

 

長女に

おかしな影響が残らないよう

残っている分は最速で消えるよう

毎日願っている。