私にとって
この世に残っているのは
強い悔しさ。
私の実力不足。
でも次女の心を守りたかった。
私一人では不可能なことも
生前からわかっていたけど必死だった。
悪意ある大人が『気遣い』なんて
する訳がない。
私と次女は
どんどん酷い環境に
置かれて行ったように
振り返って思う。
次女が亡くなってから
ダムが決壊したように
押し寄せる悪意ある大人達の記憶。
次女とは色々と
壮絶な事があったけれど
次女にはやっぱり『愛』しかない。
月命日に次女の遺骨を抱きしめたら
悔し涙が出て来た。
次女には「ありがとう」も
沢山あるけど
「ごめんね」っていう
強く悔しい想いからの謝罪が強い。
ーー
大きい栗が売っていて
大きい栗を食べたのは
自分の幼稚園の栗拾いぶりだったけど
食べたくて買ってみた。
夜、夫と次女と一緒に食べよう
って思った。
夫が少し外に出ていたので
その間に栗と熱いお茶を用意した。
次女にも。
亡くなっても家族。
辛くないと言ったら嘘になるけど
それよりも家族の一員として
接したい気持ちが強いんだよ
と夫に言った。
夫が辛かったらやめるけどと
言ったけど夫はやめなかった。
ーー
私は次女が空にいるとか
天使になったとか
そういう概念が持てなくて
仏教の世界のお浄土的な
新たな行く居る所が出来て
姿は変わったけど
割と自由に行き来しているんじゃないか?
って思っている。
なぜ仏教の世界なのかって
第六感的な部分で
キャッチしたものがあったが故。
あの世があるとか無いとか
説はあるけど
どちらも科学的には証明されていない
と聞いた時に
なんか少しホッとした。
まぁ、神の存在もそうだよね。
次女は「死んでも無じゃないよ」って
亡くなってからずっと
一生懸命教えてくれていると思うし
早く同じ姿になりたい。
私は自分が生きている事が
辛くて仕方がない。
もう、夫のでも長女のでも
遺族にはなりたくない。
親戚には
後期高齢者が沢山いるけど
誰の葬儀にも出たくないし
外面だけの親戚にも会いたくない。
次は私がいい。
夫や長女には
ショックを最小限にしたいから
自ら命を断つことはしないけれど。
私は早く朽ち果てたい。