母について吐き出し込みです。

(苦手な方はスルーでお願いします)

 

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母とは衛生観念が全く合わない。

 

年老いた今だからではなく

ずーーーーーーーっと昔からそう。

 

不潔、カビ生えなきゃ食える、

カビを取れば食える、

ちょっと位のカビなら大丈夫、

フサフサにカビが生えても置いてあるetc...

 

自分は食べないくせに

家族にドケチだからそうなる。

お陰で何度子供時代にお腹を壊したか。

 

「なんか変なもの食べた?」なんて

兄弟間では普通の会話。

 

二日目のカレー

三日目のカレーなんて

「常温」で置いてあってソレ。

 

三日目のカレーなんて

生ゴミの匂いしかしない。


「火を通せば大丈夫」って

ヌメヌメして食べれたもんじゃない。

(食べたことはあります)

 

 

キッチンのシンクは不潔。

水道代と洗剤をどケチるから

黒カビなんかわんさか生えてる。

 

食器もなんかついてる事の方が

多かったくらい。

 

だらしないから

まな板も昨日の食材切り掛けのやつ

そのままかい!とかザラ。

 

珍しく飲み物が出てくると

他人が持って来た物で

「1ヶ月前に開けたんだけど〜」

みたいな感じ。

 

やんわり断るのがしんどい。

 

 

実家に行く時に自分の飲み物は

自分で持って行っていた。

飲みかけだから〜とか言っていた。

 

次女が他界してからは

目の前に氷を入れたグラスを

ドン!と置かれるようになった。

 

「アタシのあるよね?」

という催促の圧力。

 

目を疑うとはまさにソレ。

どんどん図々しくなって行った。

 

 

子供が生まれてからは

体が弱かったのもあるけど

口に入れるものの菌とウィルスに

過敏になった。

 

栄養にも

メチャクチャ気をつけるようになった。

 

全てが「初めて」だった。

お手本がいない。

 

だから「程度」もわからず

クソ真面目にコツコツと勉強をし

実践していた分余裕がなかったなと

今頃反省している。

 

 

母のような大人にはならない!

と子供の頃から決めていたから

自分が親になったら

殆どのことが「初めて」だった。

 

だから

子供が母親から何をしてもらったら

嬉しいのか、どんな風に嬉しいのか

全く知らなかった。

 

これは自分で

海外からのスタディをしていた時に

気がついたことでもある。


ものすごいショックだった。自分に。

 

 

子供達に私のような苦労は

させたくなかった。

 

育児本通りに共感したり

「悪戦苦闘していた分

 子供達にしんどく見えていただろうな」

と最近になって今頃、気がついた。

 

 

そんな私がいない隙に

孫である子供達に

私へのディスりと悪口と嘘と

イメージ操作を入れていたクソババァ。

 

一生愛せない。

 

ーー

 

色んな事に疲れてしまい

頑張る気が起きない。

 

以前なら長女が来ると聞けば

「頑張って生きなきゃ」って思った。

 

今はそれもしんどく感じるように

なってきてしまった。

私のエネルギーが枯れて来てると思う。

 

 

子供達に何かをしても

喜んでくれていたら嬉しかった。

 

社会人になった長女は

「母の愛だね」と言って嬉しそうに

してくれる事が今でもあるけど

 

その気持ちが

正直、経験が全くないから

全くわからなくて共感が出来ない。

 

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次女が生きる事に疲れている

とは感じていた。

 

今になってその内面がよくわかる。

 

私は「このまま朽ち果てたいな」って

思うことが多い。

 

次女亡き今

頭の中は悪意ある大人の悪事や

暴言が蘇るだけで辛いし

人生の再構築に興味がない。

 

子供がいるから頑張らなきゃという

強い意志がバリアになって

目を背けて来た事の数々が

一気に押し寄せたのかもしれない。

 

 

父を嫌いになり切れないのは

彼の人生の中で

子供として誇りに思う事もやっているし

母から騙され続けていたし

今や母から虐げられながら生活している

歴史があるからだろうなと思った。

 

 

次女に会うまでに

次女への「余裕」は満タンにしておきたい。

 

私の自責の念のひとつだし

それなら出来るかもっていう

唯一のやる気。

 

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ここまでお読み頂いた方がいましたら

お付き合い有難うございます。(お辞儀)