例えば最近日々やっている
凝った掃除のように
強く意識して他のことを考えないと
すぐに
他者からのトラウマ発言に
意識が引っ張られていく。
昔ルパン三世の映画だったか
目玉を取り出してビーカーで
洗ってまた目に戻すシーンがあった。
あれを見てから
疲れ目の時に「あれ出来たらいいのに」
とか思って来たけど
今や脳版があったらいいのにと
思うようになった。
脳をパカっと取り出して
(どんなアタッチメントだよ?)
洗って澄んだ脳にしたい。
だから英語で「洗脳」を
Brainwashingっていうのか?
と時々思う。
私に起きていることを
洗脳というなら
私は母のみならず
まだ夫の父親からも洗脳されている。
もう何年も会ってないし
声も聞いていないのに。
強烈な人って
顔も声も記憶に強く残る。
夫の父親など
最後に会った日から数年
残像が脳裏に焼きついていた。
次女が生きていて
本音を話せる関係性だったら
脳を洗って澄んだ脳にするなんて
「そんなことできるなら
私もやりたいくらいだよー」って
クスッと笑いながら言うんだろうな
とか思う。
次女を取り巻いた大人達は
亡くなってから知ったことを含め
私の環境よりもクソばっかで
本当に苦しかったと思う。
次女が他界した事が
ただただショックとして
ずっと続いている。
「今どこで何してる?
おうちに居たら嬉しいなぁ」
とか遺影に話しかけることもある。
因果応報は何故
私と次女のところに
起きなかったんだろう?
って...経験で知ってる。
底意地悪な人達が
嘘の噂で疎外活動という
人間関係の邪魔をして独占して
いびっていたからだと思う。
何故、その人達には
因果応報が訪れていないんだろう。
何が宇宙の法則だよ?
仏教の言ってる事ホントかよ?とか
思ってしまう私がいる。
性格が悪くなりそうだ。
人間は嫌でも
死を迎える日が来るのは確かだ。
「なるはやで。」と思わない日がない。
次女の命が果てるまでを見た私は
「次女がたった一人で
死ななくて良かった」
とは思ったし
今でも思ってるけど
自分の時は
死に目に人に会いたいとは
思わない。
それなりのショックを
夫や長女に与えたくないし
モラが現れて与えられるのも嫌だ。
一人静かに、が理想。
贅沢を言うなら
次女が迎えに来てくれたら
嬉しくて大泣きするかもしれない。