思考整理のための更新です。
濃い内容になりますので
苦手な方はスルーされてください。
よかったらこちらの記事へどうぞ。
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今や毎日のように
私の中に「生きている事が不適切!」
という発作が襲ってくる。
でも小学生の頃からある。
どういう時なのか思い出す。
・人間関係が上手くいきそうな時
・上手く行っている時
がメインな気がする。
だから最近の夫といると
そのメンタル的な発作が襲う回数が多い。
更に遡る。
「育ち」だ。
・私は孤独でなければならない
・私は幸せになってはいけない
・それが起きるなら
生きていてはならない
私が母から植え付けられた
スイッチのようになっている。
私なら
自分の子供に絶対出来ない事を
母は容易く何度もやっている。
母は人の面倒を見るのが
恐ろしく嫌いだから
子育てなんて圏外だったのだろう。
長女が産まれる前(里帰り出産)など
孫が楽しみなんて気持ちは1ミリもなく
キレ散らかされて大変だった。
そんな母と二人で暮らしていた
小さい頃は
父が赴任先から帰省して
赴任先に戻る度に胸が張り裂けた。
以下、ヘビーな内容になります。
苦手な方はここでスルーされてください。
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母は私のみならず
自分の子供達に死んで欲しかったんだろうな
と今や思う。
事故死しそうな所へ
たまたま帰宅した私は
赤ちゃんだった弟の命を救った。
母が発狂したのは
弟が死にかけた事ではなく
「私が帰宅した事」だった。
幼児だった私はボコボコにされた。
その日から
引きずり回されてボコボコにされる
日が始まった。
父は単身赴任でいなかったし
弟を事故に見せかけて殺そうと
したのかもしれない。
弟が生前の次女のように
病んでしまっていた学生時代。
社会人だった私は
「アニマルセラピーだな」と思い
たまたま里親を探していた知人から
譲り受けて実家で猫を飼った。
弟には正解だったけど
母には発狂された。
父が犬を飼えば
父のいないところで「クソ犬」と罵り
私が猫を飼えば「クソ猫」と罵り
一緒に飼うという概念はなく
見えないところで動物虐待を重ねた。
ペットたちは共感される事なく
金魚だろうが
弟が捕って来たクワガタだろうが
ザリガニだろうが
他所の家は
親がサポートして飼っているのに
私が面倒を見なければ
皆死んでしまうって感じだった。
脳内が女帝な母からすれば
「私の手を煩わせる穢らわしい生き物」
みたいな認識なのかもしれない。
中学生くらいまでは
時折、祖父がメンタルの
サポートをしてくれていたんだなと
大人になって知識がついて気がついた。
私は高校くらいから
自分の死について考えていた。
「生きていても何もいい事がない」と
鏡を見ながら考えていたのを
覚えている。
○歳まで頑張ってダメだったら
死のうと思っていた年齢に
長女が生まれていた。
でも結婚してもこれかよっていう
平穏からかけ離れた
壮絶な暮らしに嫌気が刺して
生きているのが嫌だと思い続けて
生きて来た。
多くのことは
母が陰で心理操作して起きていた。
途中から夫の父親が参戦した
感じになっている。
あの二人が仮に夫婦だったら
犯罪者だっただろうなと
時々思って来た。
今、その彼らの「裏工作」を
よく知っていても
もう、何も変わらない。
次女が他界してから
私の方向性は色々変わった。
私のメンタル的発作は
未だ上手く言葉に出来ないけれど
かなりの苦痛があり
これに耐えて生きる気も沸かない。
子育てが突然終わってしまった今
この発作が自律神経を最強に乱して
私の寿命を短くしてくれたらいいのに
って時々思う。
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ここまでお読み頂いた方がいましたら
お付き合い有難うございます(お辞儀)。
