と、自分を振り返って思う。

 

 

昨日はとても落ち着かない1日で

それは次女の月命日の事が

関係していると思う。

 

夜、ドラッグストアに行ったら

レジのお兄さんが青い髪だった。

 

体力が落ちすぎて

時に行動がお年寄り並の私は

イラつかれるかと思ったけど

 

「こんな優しい人もいるんだよな」

と思わせてくれる

とても親切なお兄さんだった。

 

私の頭が昭和だったなと思った。

 

今の若い人は韓流とかで

そういうヘアカラーの人もいるのに。

 

ーーー

 

海外で一人で暮らしていた時以外

ずっと「胸が傷む」というものが

つきまとっていたと思う。

 

これ以上

胸が傷まない様に生きる

みたいな。

 

その点に関しては

子供達に対してもクソうるさい部分が

あったかもしれないと

申し訳なく思う。

 

頭にこびりついたものを

追い出したくて行動した事も

多々あるけど

 

結果として親の都合よく動いて来た。

 

 

それを意地悪な人たちは

経験からよく知っていると思う。

 

 

私の両親は健在だが

あと○年しか生きられない系の話が

母の場合は40年くらい

父は20年くらい続いてるんじゃないのか?

って感じに聞き飽きるほどあって

 

時に「形見」と言って物を渡されたり

次女はとても嫌がっていたけど

次女の方が先に他界してしまった。

 

次女が他界しても

何度も聞くその話にウンザリして

「寿命なんて自死でもしない限り

 自分で決められないでしょう?」

と言った。

 

死ぬ死ぬ詐欺みたいで

もう私の精神状態が受け付けない。

 

 

先日母に会ったけど

やつれた娘を見て

超ショックを受けた母

みたいな顔をしていたが

 

今までと違って

「こういう表情上手いんだよな」

思い、見たくなくて目を逸らした。

 

飴と鞭みたいな

極端な関わり方がウンザリだ。

 

 

私はそういう親より先に

次女の元に行きたいと思っている。

 

それだって、彼らにとっては

因果応報なのではないか?と。

 

性格が悪くなったかもしれないけど

そう思う事がある。

 

ーーー

 

お仏壇にお供えをしても

食べるのは殆ど私だけ。

 

それがどれだけ辛いことか。

 

この辛さが分かるのは

大切な人を亡くしてから

お仏壇で供養をした経験がある人だけ

なのかもしれない。

 

私の祖母もそうだったから

辛くてお供物を皆に分けて

自分は殆ど食べなかったのではないか?

と今頃思った。

 

祖母は安定した穏やかな人で

いつ訪れても嫌な顔ひとつ

した事がないし

 

本家だったから

よく人が訪れていた。

 

「本家の長男の嫁は嫌だよ〜」

とだけ私に穏やかにこぼしていたけど

詳細はなかった。

 

 

次女が会った事がない祖母に

次女がめぐり逢えているといいな

と時々思う。

 

お盆に祖母が

次女を見つけてくれたかな。