あの世が

苦しみから解放される世界なら

私も行きたいなと思う。

 

次女がいなくなってから

安定した性格の人がいない生活に

戻ったんだなと時々感じる。

 

次女もメンタルが落ち着けば

また安定した性格に戻るだろうと

思っていた。

 

今や可能性もない。

 

次女も生きているのが辛いと

言ったことはある。

 

どうあがいても覆せなかった。

 

環境は一人ではどうにもならない。

次女には心から申し訳なく思う。

 

 

どう頑張っても

しっくりと馴染めない相手が

「育ちが悪いから」

「~で苦労したから」

「〜障害だから」

とか知ったところで

こちらの我慢が減る訳でもなく

環境が良くなる訳でもない。

 

本来ならその当事者が

工夫なり努力なりが必要なのだろうけど

私の周りは口実にして周囲に甘える。

 

だから、その言葉で

目に見えないものを背負わされて

我慢が増えて

我慢に圧迫されるような感覚になる。

 

 

次女に関しては長女の発達問題も

口にはしなかったけれど

かなり我慢に圧迫されていた時が

多かったと思う。

 

私にとっても

尋常ではない時期は

長く続いていた。

 

楽しい時もあったようだが

他のお姉ちゃんと明らかに

妹への接し方も違う事が多すぎたし

 

悪気がなくとも

人を傷つける事も多かった。

 

 

長女を責めても仕方ない問題でもあり

だからこそ今でも

少しずつ教えてはいる。

 

長女が30代になったら

自分をうまくコントロール出来るのかな

とか思ったりもする今日この頃。

 

 

次女も病んでしまっていたし

将来的に姉妹で

負担をかけ合わない様にと

色々教えて来たけど無駄だった。

 

 

次女がいなくなって

「あの経験はもう可能性ゼロなんだ」

という点にも絶望を感じる。

 

早く私の寿命が尽きて

次女のところに行きたいな。

 

 

次女にとって

支えられるお母さんには

なれなかった因果応報で

 

まだあの世から

お呼びじゃないのかもしれない。

 

 

私の人生全体で言うと

結構頑張って来たんだけどな...