マイペースが

精神的に一番マシだなと

小さくジワる今日この頃。

 

精神安定剤系の薬を飲んでも

次女が亡くなったショックが

減ったりする訳ではありませんし

 

動悸などは収まりますが

性格が変わるわけでもありません。

 

 

家の中で家で過ごしても

勝手に傷ついて勝手に辛くなって

いろんな事を思い出しまくりですが

 

外に出ると

強く思い出す事が多くて

未だなかなか

外でのんびりは出来ません。

 

 

夫が心配して

テキスト連絡をくれた時

返事を書いていた私に

再び母からの呪いの様な

「不適切!」の感覚が蘇りました。

 

「オマエは誰からも心配される資格がない」

とかそういう事ばかり

言われていた子供時代が蘇ってしまう。

 

最近は母が次女に

亡くなる数ヶ月前に

何か良からぬ事を言ったのでは?

と勘繰るようになっている私がいます。

 

なんといっても

人間であろうがペットであろうが

死んだら清清する」とか

平気で言える人なだけに

 

私に似ていた次女に

病んでいるのに

何か言ってはいけない事

言ったかもしれないし

その確率は低くないと思っています。

 

次女には生きる気が明らかに

欠けていました。

 

次女の四十九日法要が終わってから

私にも生きる気は明らかに

欠けていますが

早死のススメ」ばかり話す人ですから

次女にも言ったかもしれません。

 

 

今は母とは距離を開けています。

 

マイペースを守るために。

 

 

「人に迷惑をかけないマイペース」の存在は

かつての次女の生き方から教わった気がします。

 

次女が生まれてから

私が知ったことは沢山ありました。

ささやかな幸せ、とかもそう。

 

だから自責の念だけでなく

次女には感謝も沢山あります。

 

 

私はもう目立ちたくはありませんし

立派な人にもなりたくありません。

 

この歳になると尚更

誰かと張り合いたくもありません。

 

悪い事をした訳でもないのに

自分が張りたい見栄に見合わないからと

親から罵られるのもうんざりです。

 

そんなことでさえ

次女の純粋さから教わったなと

ささやかにジワっています。

 

 

「いろんな話がしたいなぁ」と

次女の遺影を見て思うのでした。