インチキ霊媒師に見てもらったら

きっと

 

「次女さんが近くにいて

 貴方の事を何時も心配しています!」

 

とか真っ先に言われるんだろうなと

ふと思った。

 

実際心配してくれている

かもしれないけど

それだけじゃないだろって...。

 

 

まだ次女が生まれる前

通常では起こり得ない事が起こり

地元では有名「らしい」霊媒師の所に

サイコパス爺(夫の父親)の勧めで

行った事がある。

 

この上なくインチキで

ツッコミどころ満載すぎて

ネタにしかならない状態だった。

 

後から知れば

ジジイが長女にあり得ないほど

ストレスを与えた結果だったのだろうと

容易に想像がつく。

 

でもその霊媒師の家は

精神が病んでいそうな人ばかりで

異様な雰囲気漂う感じで

ごった返していた。

 

確かに「人気」なのかもしれない...。

 

 

 

意地悪な人に囲まれると

社会に通用する正論が歪む。

 

子供達はそんな環境で育ってしまった。

 

夫はスネ夫なので意地悪側にいた。

 

夫以外は

私が死んだら清清するであろう人

囲まれていた。

 

だから私の知らない所でも

死の話は異様に多かった。

 

そんな母親を見て育つ

子供達のメンタルが正常な訳ないだろって

ずっと変わらず腹が立っている。

 

子供達の人生に

絶大な影響を与えたから。

 

実は夫の父親も新盆だったけど

我が家からは誰からも気にされなかった。

夫は口にしないながらも

覚えてはいただろうとは思う。

 

私も長女も忘れていたし

私たち二人は

彼を弔う気持ちは全くない。

 

「次女に近寄るな」って

思っているくらい。

 

 

未だに私がこの世を去ったら

清清するであろう母は健在であるが

次女が亡くなった今

私より長生きして欲しい。

 

そういう歪んだ概念も

私の中に生成された。

 

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他の方のお子さんやパートナーを

亡くされた方のブログを拝読していて

時折、亡くなった方への「愛」を感じて

不謹慎、不適切かもしれないけど

「愛の形が素敵だな」って思う事がある。

 

愛情のない家庭で育ち

そこを「素敵だな」と思ってしまうのも

歪んでいるのかもしれないと

自分に思う。

 

 

次女を亡くすまで

「デリケートな問題」という観点を

忘れていた。

 

毎日が壮絶だと頭の中から

概念が抜けていくんだなと

今も時々振り返る。

 

それにより

次女に本来なら言わない様な

きつい事を言っただろうと

自分を悔いている。

 

 

お坊さん曰く

お子さんを亡くされた方は皆

「後悔」を持っているとのことだった。

 

兄弟姉妹でもきっとあるだろう。

 

長女から聞いた言葉が切なすぎて

なんと言っていいのか

わからなかった。

 

 

私と長女の中で

時が止まっている。

 

きっとずっと止まってると思う。