次女が他界してから

「より良い人生」とか

全く興味がなくなった。

 

 

「努力は必ず報われる」とか

他者からの妨害があったにせよ

私には起きなかったなと思った。

 

「努力の仕方を間違えたら

 意味ないよねぇ〜」とか

モラって来た父にこれでもか!ってほど

言われた事があるが

 

成功ってなんだ?

報われるってなんだ?

 

もう、そういう事の全てが

今はどうでもいい。

 

正解を教えられない人から

徹底的にディスられただけでもある。

 

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次女が他界した時

「神様はいない」って

思い知った。

 

子供さえ救ってくれない

神様って何なんだ。

 

でもキリスト教じゃないし

なぜか日本人の多くが持ってる

曖昧な神様だからダメだったのかも

しれない。

 

 

仏教を選んだ我が家は

これからは仏様なのだ。

 

次女が他界してから

不思議なことにしっくり来て

キリスト教じゃなくて

仏教の学校に行けば良かったと後悔した。

 

仏教は初心者すぎて

今でさえ供養の仕方が合ってるのか

よく分からなくてドキドキする事がある。

 

我が家のお坊さんは

「故人への気持ちの方が大事」と

仰る方なので

多少間違えていても大丈夫かなとか

思ったりしながら

お仏壇の前にいることがある。

 

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テレビで

中高生のSNSの危険性

的な特集をまた放送していた。

 

 

次女は自分が決めた事は

弱音を吐かない子だった。

 

それが良い意味で働いていたら

いいのだけれど

そうとは限らない。

 

そんな次女の

本来なら良い一面が裏目に出て

たった独りで苦しんでいたんだろうな

とふと思った。

 

生きていたら

次女の苦しみを知った瞬間

飛びついて抱きしめたいくらいだけど

独りで堪えて抱えたまま

他界してしまった。

 

今だって

飛びついて抱きしめたいから

サッサと私の寿命が終われと

自分に思っているんだと思う。

 

沢山次女の話を聞きたいし

「そんなに独りで頑張らなくて

 良かったんだよ」と言ってあげたい。

 

 

私は毎日

自分の寿命が尽きるまで

ただ生きているだけで

時が過ぎるのかなと時々思うし

無駄な活躍はしたくない。

 

だから

そんなに長く生きなくていい。

 

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子供達に酷いことをした

酷いことを教えた大人たちは

誰一人「償い」などしていない。

 

だから

せめて父親である夫には

私よりも長生きして

私を供養することで

私にも償って欲しいと思っている。

 

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私は今でも独りの時に

時々次女の遺影を抱きしめて

私からのハートを伝えようとしている。

 

伝わっているといいな。