朝、夕方〜22時位までは
自律神経が荒れまくる。
次女が起きていた時間だから
かもしれない。
基本、子供が生まれてからは
深夜が落ち着くようになっていた。
メンタルや体調に問題が多かった
我が家の子供たちが
寝静まって安心していたのだと思う。
意地悪な大人達が
子供達に酷い嘘ばかり教えて
信じてしまった子供達に
無駄な心労が多く無駄な苦労が
多い人生になってしまった。
大抵、私が知るのは
子供達が半狂乱で訴えて来る時だった。
だからこそ
長女が得た社会人としての
生き生きとした人生を
次女にも経験してほしかった。
次女なら生き生きというより
ほのぼのとした人生だったかもしれないが
それはそれで楽しみだった。
私には二人が社会人になった後の
憧れのような予定はあった。
割とありふれている事だったけど
本当に「ただの憧れ」になってしまった。
次女が他界してから
私には『余生』という言葉がやってきた。
それがブログのタイトルにもなっている。
私が唯一信頼出来る叔父から言われて
気がついたのだ。
「そうか、もう余生なんだ....」
ショックだった。
叔父が
「優しい子ほど早く亡くなってしまう」
と寂しそうに呟いていた。
次女が他界してから
「寿命が人に分けてあげられたらいいのに」
と何度思ったかわからない。
次女に寿命を分けてあげられたら
どんなにゴリ押ししても
最大「ママと同じ日まで生きている」を
選んだであろうと思う。
なんだかんだで
そういう子だったな...としみじみ。